「兼業主夫」に理由はいらなかった。それぞれの選択を尊重する家族の食卓のカタチ
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「兼業主夫」に理由はいらなかった。それぞれの選択を尊重する家族の食卓のカタチ

男性が家事を担う「主夫」という言葉を聞くと、どうしても「なにか事情があるのかもしれない」と想像しがちです。それはわたしたちのなかに「家事は女性がするもの」というバイアスがあるから。でも、それはもう古い価値観。特に事情がなくとも、男性が主夫を選んだっておかしくない時代です。

今回お邪魔したのは、放送作家として働きながらも「兼業主夫」を名乗り、毎日キッチンに立つ杉山錠士さんと、そのパートナーである亜矢子さんのご自宅。錠士さんが主夫業を担うことになった経緯から食卓で大切にしていることまで、杉山家のお話を伺うと、とても温かい家族のカタチが見えてきました。

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子どもとパートナーのため、「主夫」を選んだ

紅雨が足元を濡らす、3月のある日。杉山家のキッチンには、温かくとても美味しそうな匂いが漂っていた。背中越しに「もう少しでできますから」と言うのは、杉山家のお父さんである錠士さんだ。その手元からは、野菜を刻む音が小気味よく響いてくる。

杉山家のキッチンを預かるのは、錠士さんである。放送作家として働きながらも、毎日のご飯を用意する「兼業主夫」だ

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最近では珍しくなくなったものの、いまだに「主夫」という役割が世間に浸透しているとは言いづらい。錠士さんが主夫の道を選んだのは、およそ10年前。当時はいまよりも風当たりが強かったのではないだろうか。それでも主夫になろうと決意した理由は?

亜矢子さん「当時、わたしたちは好き勝手に仕事をしていたんです。彼は放送作家として、わたしはファッションデザイナーとしてお互い忙しくて。娘を保育園に22時まで預けることも多く、とにかく働き詰めでした

錠士さん「その頃、長女が通っていた保育園の先生が、若い両親だったぼくらを我が子のように気にかけてくれる先生で。

その保育園のなかで、長女が行方不明になるという大事件を起こしたことがありました。蓋を開けてみれば、かくれんぼの途中で、ピアノの後ろに隠れて爆睡しているというどうってことない事件だったんですけど。でも、それを機に、その先生から『あなたたち、日ごろからもっと娘さんのことを気にかけておかないとダメじゃない!』と叱られてしまって。ぼくらが仕事ばっかりしていて、ちゃんと娘を見られていなかったという理由だったんだと思います。」

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もうすぐ長女は小学校に進学するタイミングだった。小学生になったら夜まで預けられる場所がない。いよいよ生活スタイルを見つめ直さなければいけない。それを痛感したふたりは、家族の未来像について真剣に話し合うことにした。そこで出た結論は、錠士さんが主夫になることだった。

亜矢子さん「その頃、記憶がないくらい必死だったんです。デザイナーとしてのキャリアを築くため、とにかく一生懸命で。入社したのは老舗の会社で、子育てをしながら働いている人なんてほとんどいませんでした。わたしは入社2年目で子どもを産んでいて、どうしたらいいのかわからなくて」

錠士さん「でも、彼女を見ていて、子どもがいることでキャリアを諦めてしまったら、次の人たちが苦労すると思いました。それで、ぼくが主夫業をすればいいと思ったんです」

2009年当時は「イクメン」という言葉もなく、男性が家事をすること自体が珍しい時代だった。それでも錠士さんは、自らが選ぶ道に迷いはなかったという。

錠士さん「男が家事をすることに抵抗はなかったんです。子どもの頃から料理はしていましたし。末っ子だったから、お母さんと一緒に過ごす時間が多くて、家事をしている姿をずっと見ていました。そもそも、亜矢子と結婚するときに、『家事は5:5でやろうね』と決めていたんです。その比重が増えただけですし、大変だとは思いませんでした。それまでもずっと家事はやっていたので、あらためて『主夫です』と名乗るだけだな、と感じていました」

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そんな錠士さんの決断を、亜矢子さんはとてもありがたいものだと感じている。

亜矢子さん「本当に感謝の気持ちでいっぱいです。彼が主夫業をしてくれると言ってくれなかったら、いまの環境は成立していません。こんなに温かい家庭はなかったはず」

ある日突然、子どもが「ヴィーガン宣言」をして

錠士さんが主夫になった過程を聞いている間に、この日のランチが完成。メニューは卵焼き、豚しゃぶ、サラダ、蒸し野菜、ひじきの煮物、ほうれん草の胡麻和え、納豆の巾着と、とてもヘルシーなものばかり。色とりどりのお皿が並べられ、取材陣からも歓声が上がる。

錠士さん「ぼく自身、子どもの頃から品数の多い食卓で育ったこともあって、常に副菜をいろいろ並べることは意識しています。特に長女はとにかく少食だったので、小鉢をたくさん用意して、ちょっとでもいいからつまんでほしくて」

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亜矢子さん「娘がまだ幼い頃は、食育も意識していました。『根っこの野菜はどれだ?』とか、『今日はなにが足りないと思う?』とか、食べることを通じていろんなことを教えていったんです。それもあって長女は栄養面にも関心を持ってくれたんですけど、いまではヴィーガンを意識するようになって」

ふたりの間には高校生の長女と、小学生の次女がいる(※取材時、長女は不在)。長女はバレリーナを目指していて、毎日レッスンに通っているそうだ。そして、彼女がヴィーガンを意識するようになったのも、夢のため。バレリーナとしての体作りを考えるなかで、なるべく健康的なものだけを食べようと思ったという。

しかし、突然の「ヴィーガン宣言」に錠士さんは戸惑った。動物性食品が使えないとなると、メニューの幅が狭まってしまう。

錠士さん「肉も魚も卵も使えないとなると、正直、なにを作ったらいいのかわからなかったんです。急に言われても困るって、喧嘩もしました。亜矢子や次女は魚が大好きだし、彼女たちの食事も変えるわけにはいかない。ただ、いつまでも文句を言っていても仕方ないので、とりあえず勉強して。結果として、大豆製品を活用しつつ、いろんなメニューを並べる方向で落ち着いたんです。今日のメニューも、卵焼きと豚しゃぶ以外は、長女も食べられるものばかり」

家族の意向を受け入れて、食卓のメニューを変更する。錠士さんはそれを事も無げに話す。その姿勢からは、常に前向きで柔和な錠士さんの人柄が伝わってくるようだ。

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亜矢子さん「でもヴィーガンと言いつつも、厳密なわけじゃないんです。見えないカタチで使われているものは食べるし」

錠士さん「そうそう。特に“出汁”については許してもらってますね。鰹出汁やチキンコンソメ、鶏ガラスープ……。そういったものを使うのは『大丈夫だよ』って」

それでも制限があるなかでご飯を用意するのは簡単なことではないはず。そんな状況でも錠士さんが頑張れているのは、やはり家族を思っているから、だ。

錠士さん「毎日ご飯を作っているからといって、感謝してもらいたいとは考えていないんです。ヴィーガンを意識したメニューはちょっと特殊かもしれませんが、家族の体調やメンタルに合わせてご飯を用意するのは、ぼくにとって当たり前のこと。主夫業をはじめてから、ずっとそうでしたし」

そう言って目を細める錠士さん。その先にあるのは、ご飯を美味しそうに食べる亜矢子さんと次女の笑顔だった。

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鰹節で出汁を取った味噌汁は格別の美味しさ

家族が囲む食卓でなにを重んじるのかは、人それぞれだ。錠士さんの場合は「コミュニケーション」だという。

錠士さん「先程、食育という言葉が出ましたけど、それもコミュニケーションの一環ですよね。食べることを通して、子どもたちと会話をして、大切なことを伝えていく。同時にぼくは、食卓を介して、家族のことを知るんです。

たとえば、大好物が並んでいるのに、なかなか箸が進まなかったとします。それは体調が悪いからかもしれないし、もしかしたらメンタルの不調を抱えている可能性も考えられる。
幼い頃、長女はシチューが大好きだったんですが、彼女が帰宅して早々に『今日はシチューが食べたい』と言い出したら、精神的に凹んでいる証拠でした。

そんな風に家族の今の状態を知るためのコミュニケーションが、食卓なんだと思います

長女にとっての「シチュー」のように、亜矢子さんにも疲れたとき、落ち込んだときに食べたくなる“杉山家の味”はあるのだろうか。問いを向けると、しばし考えてから、亜矢子さんが「お味噌汁」と呟いた。

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亜矢子さん「一口飲むと、心の底からホッとします。彼は鰹節をちゃんと削って、それで出汁を取るんです。それが本当に美味しくて、市販の顆粒出汁が物足りなくなってしまうほど。ペットボトルに出汁を入れてくれているよね?」

錠士さん「そうだね。出汁を取るのは時間がかかるから常備するのは難しいけど、できるだけ用意してるから。それがあれば、ぼくがいないときでも味噌汁が作れるだろうし」

亜矢子さん「鰹節を削るときの音がいいの。シャッシャッってキッチンに響いて」

錠士さん「子どもの頃、鰹節を削るのはぼくの仕事だったから、いまだに体がそれを覚えているのかもしれない」

その美味しさは、子どもたちにもちゃんと伝わっているそうだ。

錠士さん「長女はバレエのコンクールや短期留学のために、小学生の頃から、日本と海外を行ったり来たりしているんです。いつだったか空港まで迎えに行った帰り道で、『とりあえず、味噌汁とひじきが食べたい』と言われて。特別なものじゃなく、そういう何気ないものを食べたいと言ってもらえるのはすごくうれしかったです」

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亜矢子さん「でも、この味を受け継いでほしいとまでは考えていないんです。だって、彼女たちもわたしみたいに外でバリバリ働くかもしれないでしょう? そうしたらお味噌汁を丁寧に作る時間なんてないかもしれない。だから、いつになっても彼が鰹節を削ってるんじゃないかなって想像しています(笑)」

錠士さん「それは恐ろしいね(笑)」

食卓を介して、家族のことを知る

ふたりが出会ったのは、20代の頃。いまから20年ほど前のことだ。当時、すでに放送作家として働いていた錠士さんと、デザイナーを夢見てインディーズブランドを立ち上げていた亜矢子さんは、どちらからともなく惹かれていったそうだ。

結婚したのは、それから1年後。以来、喧嘩も繰り返したが、こうして温かい家庭を築いている。

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外で懸命に働く亜矢子さんと、兼業主夫として家を守る錠士さん。ふたりの目には、食卓がどう映っているのだろう。

亜矢子さん「わたしにとっては、本当の自分をさらけ出せる場所です。外で働いていると、ときには強い自分に変身して、戦わなければいけないこともあります。でも、ダイニングテーブルに座ると、本当の姿に戻れるんです」

亜矢子さんにとっての食卓は、素の自分のまま寄りかかれる場所になっているのかもしれない。それがあるから、外で戦えるのだ。

そんな亜矢子さんを、錠士さんはやさしく見つめる。

錠士さん「亜矢子は外で戦っているからこそ、食卓にいるときにそれがひしひしと伝わってくることがあります。ここで喧嘩が始まるときって、大抵なにかを引きずった状態で帰ってきている。だから、みんなの状態がとてもよくわかる。ぼくにとっての食卓は、家族の心と体を知るための“バロメーター”ですね」

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取材中、錠士さんは「いまだに主夫って珍しい存在なんですよね」とおっしゃっていました。たしかに、まだまだ理解されづらい側面はあるかもしれません。けれど、女性が外で働くように、男性が家庭を守ることに理由はいらない。それぞれの選択肢を尊重することが、「みんな」の生き方を尊重することにつながるのでしょう。錠士さん、亜矢子さんの食卓にお邪魔して、一人ひとりがそれぞれの選択を楽しむことの大切さを教わったような気がしました。

取材:松屋フーズ・五十嵐大 執筆:五十嵐大 写真:小池大介 編集:ツドイ

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松屋は「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げています。国籍、人種、性自認、趣味嗜好の多様性が表面化し、それぞれが尊重される現代の日本。この国における「みんな」とは何か。取材班が、各地の「食卓」にお邪魔し、人生を聴いて、2021年現在の「みんな」について考えていきます。