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あたらしい、あたりまえの食文化。妻が「ゆるベジタリアン」になった夫婦の試行錯誤と、食卓の変化とは

肉や魚、乳製品を口にしないヴィーガン的な食生活はもはや、一部の先進的な人びとが取り組む特別なライフスタイルではありません。環境問題や動物愛護、健康への意識の高まりとともに、ごく身近な存在になってきました。
これは、「牛めし」はじめ、たくさんの肉料理を提供している松屋フーズとしても気になる社会の流れ。
そこで今回は、肉や魚をほぼ食べず、主に青果や大豆製品などの植物を原材料とした食品を選択するサチコさん・りょうさんご夫婦のランチにおじゃましました。ごくふつうの食生活を送っていたおふたりはなぜ、そしてどのように菜食を取り入れるようになったのでしょうか。

肉は食べない。でも、あくまで「ゆるく」

サチコさん「野菜がいっぱいだと、勝手に見た目もきれいになるんです。……今日はいつもより少しだけ、彩り、意識してますけど」

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つくりおきのタッパーから人参のマリネを取り出しつつ、取材陣に対しいたずらっぽく微笑む。パートナーであるりょうさんは、在宅勤務中。サチコさんが運ぶお皿に目をやり「ほんとだ」と表情を崩すと、パソコンを閉じ、カトラリーを用意するために立ち上がった。

テーブルに並べられたのは、インド風スパイスカレーを中心に色とりどりの野菜が盛り付けられたお皿。そして、コップを曇らせる白湯がふたつ。一見すると、おしゃれなカフェのランチプレートのようだ。

ただし、この食欲を誘う香りを漂わせているこのカレーで使われているのは、ふつうの豚ひき肉ではない。乾燥大豆ミートだ。

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サチコさん夫婦の食卓は野菜を中心に、植物を原材料とした食品を摂る「プラントベース」の食生活を送っている。肉や魚はほとんど口にしない。

とはいえ、動物性食品を一切食べない厳格なベジタリアンやヴィーガンとはちがう。「フレキシタリアン」「プラントベース」と呼ばれる柔軟なスタンスで、サチコさんはその食生活や暮らしの様子をYouTubeやSNSで発信。同じライフスタイルを実践する人やその志願者のみならず、幅広い層からの支持を集めている。菜食であることを押しつけようとは、決してしない。

サチコさん「だって、100%ヴィーガンの人をひとり増やすより、『週に1回はお肉を食べない日を作ろう』って思う人を10人増やすほうがずっと簡単ですから。欲を言えば、みんなが毎日少しずつ環境のことを意識すればいいなって」

サチコさん自身、菜食を中心としているが、月に3〜4回は肉を食べることもある。

サチコさん「自分で買うことはないけど、贈り物でいただいたときは捨てずに食べますし、友人との食事で肉を使っていない料理やプラントベースのメニューがなかったら諦めます。『お肉しかないなんて遅れてる! こんなお店、出る!』なんて言ったりはしません」

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スプーンを口に運びながらチャーミングに語る姿には、ストイックさも、限られた食生活へのストレスもまったく感じられない。

サチコさん「お肉を食べないと物足りないでしょって言われるんですけど、きっと精進料理のイメージが強いんですよね。でも、うまく油を使ったり味付けを濃い目にしたりすれば、さみしい食事にはなりません。茄子には油を吸わせてじゅわーっと焼いたり、鍋焼きうどんには野菜のかき揚げを入れたり、ときには卵を落としたり。

大豆ミートもよくできています。生姜焼きは我が家の定番ですね。このカレーはミンチタイプの大豆ミートを使っていて、スパイスたっぷり。にんにく、しょうが、コリアンダーと……あとなんだっけ?」

りょうさん「ターメリックと、カイエンペッパーかな」

サチコさん「そうだ、そうだ。だからふつうのカレーと遜色ないんですよ。精進料理とかダイエットのために食べるようなストイックな食事だったら、私も続かないですもん(笑)」

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「木の実とマンモス」のバランスで食べる

サチコさんが菜食に出会ったのは、2年前。関西から東京に、りょうさんの転職で引っ越してきたことがきっかけだった。家がぐっと狭くなり、荷物が入らない。大量にモノを捨てる中でミニマリズムに興味を持ち、海外のミニマリストたちのYouTubeをチェックするようになった。

サチコさん「海外のミニマリズムって、最低限のモノでシンプルな暮らしを目指すスタイルだけじゃないんです。ゴミを出さない『ゼロ・ウェイスト』やヴィーガンを組み合わせたライフスタイルを掲げる人も多くて、だんだんそっちにも関心を持つようになりました」

情報を取り入れる中で、サチコさんはあるドキュメンタリーを目にする。工場内の劣悪な環境で飼育される動物。生き物としての尊厳もなく、一切の自由も得られず、太らされ、屠(と)殺され、食用肉となる映像だった。

こんなふうに生産された肉が、自分たちの食卓に並んでいる——。衝撃を受けた。食欲を失った。しばらくは、肉を食べることに拒絶感が消えなかった。

サチコさん「あまりにショックで、一瞬、厳格なヴィーガンの世界に足を踏み入れかけました」

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しかし勉強を重ね、いろいろな人の話を聞くうちに、人間が動物を殺して肉を食べることを全否定する必要はないと考えるようになる。

サチコさん「たとえば原始時代、普段は木の実を食べて暮らして、ときどきマンモスの捕獲に成功したとします。その肉を食べることに対して、私は『野蛮だ!』とは思わないんです。ライオンがシマウマを食べるのと変わらないというか……。要は、ペースや量の問題で。

木の実とマンモスくらい、つまり、『ふだんは菜食でときどきお肉を食べる』くらいが人間本来のバランスなのかなって感じています」

より多くの肉を効率よく生産するため、工場型の畜産が必要となる。また、工場型畜産によって生じる多大な二酸化炭素は近年、地球温暖化の要因として国際的にも問題視されている。

これらの観点から、サチコさんは卵も平飼い(自由に運動できるよう、ケージに入れずに育てること)された鶏が産んだものだけを選んでいる。それも、6個入りパックを1か月にひとつ買う程度。

動物のため、そして未来のため、サチコさんはゆるやかな菜食を選択しているのだ。

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お互いの価値観を尊重し、楽しい食卓をつくる

とはいえ、いくら自分が菜食を志しても、パートナーと暮らす以上「ふたりの食卓」がある。相手の意見もある。しかし先のドキュメンタリーを見た直後、サチコさんはりょうさんに対して肉や魚、乳製品まで一切口にしないよう、一方的に強く求めてしまったという。

サチコさん「あまりの映像に、わーって頭が爆発しちゃって(笑)。『動物を食べるなんて許されない!』って押しつけちゃったんです。でも、いきなりそういうスタンスになった私と夫では当然、温度感がちがう。めずらしくギスギスしてしまいました」

それに対して、それまで黙々と食事を口に運んでいたりょうさんが「そうだっけ?」とゆっくり首をひねる。それくらいの些細なすれ違いだったのかもしれないが、暴走し、空気を悪くしたことをサチコさんはおおいに反省した。

サチコさん「よく考えたらドキュメンタリーを観たのって私だけだし、一緒に観たとしても同じ感想を持つとは限らない。彼を変えようとするのはおかしいと気づいたんです」

相手を、自分の思うように変えようとしない——。食生活に限らず、だれかと暮らすうえでの大切な心得だろう。家族になればなるほど、関係が深まれば深まるほど、自分と相手を一体化して考えてしまいがちだ。

けれど、家族といえど他人。サチコさんはアクションを変えた。

サチコさん「たとえば生姜焼きを作るとき、豚肉と厚揚げを一緒に焼いて、自分は厚揚げだけ食べるようにしたり」

「私たち」ではなく「私」が変わる。相手には求めず、やりたいことはやる。そんな日々を重ねるうち、サチコさんの食生活に合わせるようにりょうさんもだんだんと菜食中心に。いつの間にか、家では肉を食べなくなっていった。

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ふたりは、結婚10年目になる。8年間はごく一般的な食生活を送っていたりょうさんだが、肉を食べなくなるというおおきな変化に抵抗はなかったのだろうか。

りょうさん「そういえばお肉食べなくなったなって、そのくらいです。家では野菜中心でいいやって。彼女が好きでやってることだから、やらせてあげたいというか。……あ、ミケ(*元保護猫のミケランジェロ。取材中は姿を見せてくれなかった)が肉めがけてキッチンに来る光景がなくなっちゃったな、とは思いますけど」

サチコさん「たしかに(笑)。彼は仕事ではこだわりが強いところもあるみたいなんですけど、それ以外の部分は柔軟。たいていのことは受け入れて、合わせてくれます」

りょうさん「大変だったらやらないかもしれないけどね(笑)。唐揚げを食べたいときは外食すればいいし、全然無理はしてないから

おふたりの話を聞いていると、たしかにだれでも無理なく菜食を取り入れられる気がする。たとえば牛乳を豆乳に置き換え、(乳製品が入っている)食パンではなくバゲットを選び、おいしいジャムをつける。——たったそれだけで、プラントベースの朝食になるのだ。

サチコさんはじめは『なんちゃって菜食』でいいんです。ちょっとずつでもつづけることが大切だし、ひとつきっかけがあると、生活全般で『これは環境にどうかな?』って気になることが自然と増えていきますから」

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1日4回集合する、ホッとひと息つく場所

最近では、菜食やプラントベースにまつわる情報はりょうさんのほうが先に仕入れるようになった。ネットで大豆ミートの新作を見つけるのも、外食チェーンでプラントベースのメニューが発表されたときに誘うのも、彼のほう。

サチコさん「これは振り返ってみて、なんですけど……私がご機嫌にやっていたから興味を持ってくれたのかなと思います。たのしい食卓を作るとか、情報を教えてもらったとき素直によろこぶとか」

りょうさん調べるうちに、だんだんおもしろくなってきたのもあって。お出かけの目的になるし、『こんな味つけにすると大豆ミートのくさみが消えるんだね』『お肉っぽくないけど満足感がある』って言い合いながら食べるのもたのしい」

さちこさん「そうだね。『やっぱりあのお店のバーガーがいちばんおいしい。どうしてだろう』とかね(笑)」

2020年は、各企業がこぞって野菜や穀物を主原料とする新メニューや新商品を発表した。日本における、「プラントベース元年」とも言える。世界ではそれ以前から、大豆やエンドウ豆を使ったフェイクミートで起業したスタートアップが注目を集めていた。

企業が研究開発に打ち込んでいく今後、畜肉を食べないライフスタイルの選択はさらに身近なものになっていくだろう。そんな社会変化の中、食事に「おいしい」だけでなく探求心が加わったのは、サチコさん夫婦にとっても思いがけない副産物だったようだ。

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そういえば、とりょうさんが目を細めた。「去年ベトナムで食べた、ヴィーガン向けのバイン・ミー。あれ、なんであんなにおいしかったんだろうね」。

思い出を辿る姿に、サチコさんに付き合って仕方なく菜食に、という雰囲気は一切ない。「肉を禁ずる」というより「植物由来の食材をたくさん、おいしく食べている」が近いように見える。きっとこれまで夫婦としてフェアなパートナーシップを築いてきたからこそ、食生活の大転換にもしなやかに対応し、ふたりの関係をより深めることができたのだろう。

現在はリモートワークの定着もあり、1日4回はかならず食卓にふたりで集まるそうだ。

サチコさん「朝昼晩のごはんと、あとおやつの時間ですね。わたしが食べるものを用意して、できたよって声をかけて。向かい合って座って、ポツポツしゃべりながら食べて。食卓が生活のリズムをつくってるし、なにより、ふたりがホッとひと息つくための大切な場所になってるなって……うん、そんなふうに感じますね」

動物にも地球にも、そしてパートナーにもやさしい食卓は、取材当日に外から差し込んでいた春の陽のようにあたたかかった。

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「牛めし」を提供する松屋フーズにとってはある意味、「遠い」ように感じていたおふたりの食生活。少し緊張しつつお邪魔しましたが、そこには、ポジティブに自分たちの食を選択し、食卓で仲を深めるすてきなご夫婦の姿がありました。食をたのしみ、家族との時間を大切にしようという思いは、どんなライフスタイルでも変わらないのかもしれません。

取材:松屋フーズ・田中裕子 執筆:田中裕子 写真:小池大介 編集:ツドイ


やったー!
松屋は「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げています。国籍、人種、性自認、趣味嗜好の多様性が表面化し、それぞれが尊重される現代の日本。この国における「みんな」とは何か。取材班が、各地の「食卓」にお邪魔し、人生を聴いて、2021年現在の「みんな」について考えていきます。