金夜のクラブから土朝の農園へ。踊る場所を変えた編集者が目指す「みんなで育ててみんなで食べる」食卓。
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金夜のクラブから土朝の農園へ。踊る場所を変えた編集者が目指す「みんなで育ててみんなで食べる」食卓。

みんなで汗をかきながら育てた野菜を、みんなでたのしく食べる。しかも、都市部に暮らしながら。——そんなライフスタイルを実現している団体が、「アーバン ファーマーズ クラブ(UFC)」です。彼らが実践している都市型農業は、世界的にも注目されているあたらしい農のあり方のひとつ。UFCは現在、東京都渋谷区と神奈川県相模原(さがみはら)市の畑で、おいしくて身体にやさしい有機野菜を育てています。
今回は、農作業に集まったメンバーのみなさんのお昼ごはんにおじゃまします。そしてUFCが目指す食卓の姿について、代表の小倉崇さんにお話を伺いました。

(感染症拡大防止に細心の注意を払い、取材を行いました)

「みんなで育てて、みんなで食べる」

小倉さん「自分たちで育てたじゃがいもを、収穫する。それをスライスして、油でざっと揚げる。塩と、オリーブオイルをかける。で、みんなで食べる。——このポテトチップスのうまさったら、たまらないですよ」

ジェスチャーを交えながらいい笑顔で語るのは、アーバン ファーマーズ クラブ(UFC)代表の小倉崇さん。取材陣のお腹が、ぐうと鳴った。

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小倉さんにお話を伺ったのは、神奈川県相模原市の古民家。裏手には広大な畑が広がっている。朝から降りつづいた雨に濡れ、青の色を濃くした里山にたたずむその大きな家の居間では、UFCのメンバーがちゃぶ台を囲んでコットンフラワーの種を採っていた。

子どもたちを交え、おしゃべりしながら手を動かす彼らに「お昼、できましたよ」と台所から声がかかる。「はーい」。あっという間に片付けられたちゃぶ台に、炊飯器や箸、そして料理が乗った大皿が次々と運ばれてきた。

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みんなが座ると、先ほど台所から声をかけてくれた女性がちゃぶ台の横に立ち、並べられた料理の説明を始めた。小倉さんの友人で、地元で農家を営む飯野さんだ。

飯野さん「いまは、畑の端境(はざかい)期。採れる野菜が少ない時期ですね。なので保存食と、近くの農園の無農薬野菜をたくさん使いました。手前から、去年の5月に収穫して瓶詰めしておいたタケノコと山で採ってきたセリ、それからエゴマの葉の醤油漬け。地元・棡原(ゆずりはら)の厚揚げに無農薬のベビーリーフ……」

めくるめく野菜の世界。「いただきます」の後、一斉に大皿に手を伸ばす様子はまるで大家族のようだった。

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ここにいるメンバーは、古民家の住民でも相模原市民でもない。ほとんどがアーバン、つまり東京を中心とした都市の生活者だ。3年前にこの団体を立ち上げた代表の小倉さんもまた、東京に居を構えている。

小倉さんUFCは『みんなで育ててみんなで食べる』がコンセプトの、都市型の農的スタイルを実践している団体です。普段なかなか土に触れることのないぼくたち都市生活者が集まって、渋谷区にある4ヵ所の畑と、ここ相模原の農場で野菜を育てています」

相模原の畑には、1ヶ月に1回、希望するメンバーが集まるイベント(Open Day)がある。晴れていたら土を耕したり、種を植えたり。雨ならばこの日のように部屋の中で種を採り、次のシーズンにつなげていく。

そして渋谷区の畑があるのは、原宿のランドマーク「東急プラザ表参道原宿」、2018年に開業した商業施設「渋谷ストリーム」の遊歩道、複合施設「恵比寿ガーデンプレイス」、そして恵比寿駅にほど近いオフィスビルの屋上。

これら渋谷区の——いや、東京の中心とも言える場所に畑が存在するなんて、ちょっと想像がつかない。しかし彼らがつくる畑の作物は、そこでたしかに、のびのびと育っている。

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小倉さん「600人を超すUFCのメンバーは、オンラインサロンでつながっています。それぞれの畑についてオンライン上で日程を調整して、都度、水やりをしたり雑草を抜いたり。基本スタンスは、『できる人ができることをやる』。役割やルーティンは決めていません」

たとえば、今日畑に行った人が「虫がついていた」と報告すれば、明日行く人がその対処をする。そんなふうに作物の様子に合わせ、柔軟に回していくのだという。

小倉さん「ぼくがコミュニティをコントロールすることはもちろん、なにかを教えることもほとんどありません。『先生』と『生徒』になると、答えをもらおうとしちゃうでしょ。運営が提供しているのは、あくまでも場。そこでどう遊ぶかは、みんなの自由。<みんな>でやることを大切にしているから、それぞれの考えや判断を尊重したいんです」

UFCには料理教室や、「ビール部」といった部活がある。いずれもメンバーの意志で立ち上げたものだ。今年は和菓子屋の女将が「小豆部」を立ち上げ、子ども向けの和菓子づくりイベントを画策している。……と、話しているその背にメンバーの子どもが「おぐらん!」とよじ登る。「痛い痛い」と小倉さんが声をあげると、笑って去っていった。

シティボーイから「渋谷の農家」へ

小倉さんは「電車から見える風景が一面田んぼ」の自然豊かな土地で育った。若い頃はその退屈な世界に嫌気が差し、音楽に没頭しつつ都会への憧れを募らせていたという。

小倉さん「だから、東京に来てからは都会を満喫しましたよ。雑誌の編集をしていた20代のころは、夜遊びも、まあずいぶん楽しんで(笑)」

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しかし、若者らしい遊びを一巡した20代後半から機内誌の編集に携わるようになった30代にかけ、だんだんと農的な暮らしへ興味が移っていった。そんなとき、東日本大震災が起こる。前月に産まれたばかりの子どもと妻を関西に送り届け、ひとり東京に戻った小倉さんは、街の脆弱さに愕然とした

小倉さん「なんでもある街だったのに、あっという間にスーパーから食べ物が消えたでしょう。物流が止まるだけで、簡単に干上がっちゃって。人間、食べないと生きていけない。それなのに、生を支える『生産する』機能がここにはないんだと突きつけられました

家族が食べる分くらいは自分で育てたい——。そう思いつつも、都市部で野菜づくりに取り組むのは容易ではない。なかなか行動を起こせなかった。

転機は2013年の冬。相模原の地で、若き有機農家・油井(ゆい)敬史さんと出会う。

小倉さん「はじめて訪れたとき、凍った畑に張りついていたほうれん草を食べさせてもらったんです。まず、肉厚でね。口に入れたらもう、驚いた。こんなにうまい野菜は食べたことがない。この人に農業を教えてもらおうと決めました」

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ところが、油井さんと話す中で小倉さんはもうひとつの衝撃を受ける。農家だけでは食っていけず、夜間に交通整理のアルバイトをしているというのだ。こんなに情熱を持って、おいしい野菜を作っているのに——? 

彼をサポートしたい。このおいしさを伝えたい。そう考え、小倉さんは収穫体験や種まきなどの農業体験イベントを「ゆい農園」で企画した。

小倉さん「20代のころ、キャンプ場に集まっては大音量で音楽をかけて夜中から朝まで踊っていた仲間を、今度は農地に呼んだわけです。太陽の出てる時間にね(笑)」

農作業のおもしろさに目覚めた仲間たちの口コミで、体験イベントは評判となった。そして2015年、この活動を知った渋谷のクラブ「TSUTAYA O-EAST」から声がかかる。「うちで何かやってみませんか?」。場所はラブホテル街のど真ん中。小倉さんは、屋上に畑をつくることにした。

小倉さん「とはいえ、ほんとうにできるかどうかわからないので、まずは世界の事例を調べてみたんです。すると、たとえばブルックリンやパリ、ロンドンには、都市空間の中に農地をつくる『アーバンファーミング』と呼ばれる農業が根付いていることがわかった。じゃあ自分たちにもできるな、と確信を持ちました」

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ゆい農園から土を4トン運んでできたこの「渋谷の畑」はSNS等で注目を集め、多くの人を惹きつけた。

小倉さん「年間200人、2年間で400人もの見学者が来ました。そのほとんどが、東京在住者。みんな本能的に土を触りたいんだな、野菜を育ててみたいんだなと実感しましたね。それで、『みんな』で農業をする団体を立ち上げたらおもしろいんじゃないかと思ったんです」

小倉さんが「アーバン ファーマーズ クラブ」の説明会を兼ねたキックオフイベントを開催すると、想像以上に多くの人が集まった。その場で、130人が会員に登録。いきなりの大所帯となった。

小倉さん「驚きましたよ。自分としては『バンドやろうぜ!』って言ってた高校生のころと変わらないノリで、20〜30人集まればいいかなと思ってたから」

しかし並行して、予想外の事態が起こる。拠点である「O-EAST」の屋上が使えなくなってしまったのだ。団体をつくる以上、畑は不可欠。小倉さんは駆け回り、デベロッパーにプレゼンを繰り返した。その熱意が通じ、渋谷区の中心に位置する東急プラザ表参道原宿内「おもはらの森」に畑をつくらせてもらえることになる。

小倉さん「せっかくだからいい場所でやりましょうって言ってもらえて……ありがたかったですねえ」

その後も畑を増やし、UFCのメンバー数は右肩上がり。みんなそれぞれのペースで、土に触れる生活を楽しんでいる。

広がるアーバン ファーマーズ クラブの「食卓」

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「みんなで育ててみんなで食べる」を掲げるUFCは、相模原の畑に集まるOpen Dayでも必ず全員で昼ごはんを食べる。

小倉さん「ここの畑で育てたおいしい野菜を食べてほしいって思いもあるし、なにより、味わうよろこびを共有したいですからね」

去年の8月には20種類のトマトや夏野菜の収穫祭を開催し、50人近いメンバーがこの古民家に集まった。料理が得意なメンバーがさまざまなメニューをつくり、「おいしい!」の声が響き渡ったという。

また、渋谷区の4つの畑でも毎月のように、収穫祭をはじめとしたイベントを開催している。

小倉さん「例えば、サラダハーブを育てると、密集して育っている野菜を抜いていく。『間引き菜』が出るんですよ。それを使ってサンドイッチをつくったり、トマトを収穫したらそれをソースにしたパスタを食べたり……」

こうした場はUFCのメンバーにとって学びの結晶であり、「みんな」との楽しい食卓でもある。畑仕事でオープンマインドになったメンバーは明るく饒舌で、いつもなんてことのない話で盛り上がっているそう。

小倉さん「畑って、年齢も職業も関係なくフラットに仲良くなれるんです。食卓を囲めばなおさらですよね。お互いなんの仕事をしてるかは知らないけど仲はいいって人、多いんじゃないかな? いわゆるサードプレイスってやつでしょうか」

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小倉さんは、隣のちゃぶ台でコットンフラワーの種採りを再開したメンバーたちに目をやりつつ「……とはいえ、みんなで一緒に食べるだけじゃなくてね」と腕を組んだ。

小倉さん「畑で採れた野菜を持ち帰って食べたり、ここで学んだことを生かして家で育てた野菜を食べたり。メンバーそれぞれの食卓も、ぼくたちの大事な『食卓』なんですよ。自分で育てたものを自分で食べる輪を、クラブ内だけでなくどんどん広げていきたいから」

小倉さんはメンバーたちに、家庭での野菜づくりを勧めている。コップひとつから始める「マイクロファーミング」でも構わないから、と。これも、UFCの輪をそれぞれの食卓に広げてほしいという思いがあるのだという。

さらに、UFCはいまや「会ったこともないみんな」の食卓までも担っている。育てた野菜を、経済的に苦しい若者やシングルマザーに寄付しているのだ。その活動のために、畑も拡張した。

小倉さん「コロナ禍で困窮した人は多く、食の格差も広がる一方です。生活するのがやっとの方は、腹が膨れることが第一。でもやっぱり、おいしくて身体にいい野菜を食べてほしいんですよね。まずはそこからです。その経験を経て、いずれ育てることにも興味を持ってもらえたらな、と」

一緒に食べる食卓も、自分たちの思いが引き継がれた食卓も、自分たちのつくった野菜を食べる見知らぬ食卓も。いまの仲間も、未来の仲間も。小倉さんにとっては、同じように大切な「UFCの食卓」であり、「みんな」なのだ。

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こうして農と人とをつなげるUFCが目指しているのは、「あまねく都市生活者が、自分の食べる野菜を自分で育てる社会」。小倉さんは都市生活者個人の自宅だけでなく、学校や会社などのあらゆるコミュニティで畑や田んぼを持つ未来を描いている。

小倉さん「ビルで農業なんてできないっていろんな人に言われてきたけど、やってみたらできちゃった。できるってわかったんだから、ぼくたちを前例としてどんどん広まってほしい。そして、渋谷の街を上空から映したら、野菜や稲穂がざーっと風になびいている——いつかそんなイカれた映像が見たいですね」
 
日々土を触り、野菜の成長をよろこぶ人々が暮らす街には、きっとUFCの畑のように明るい風が吹き抜けているに違いない。

なかなか土を触る機会のない都市生活者のひとりとして、「みんなで育てたものをみんなで食べている」メンバーの方々のフラットな雰囲気と、リラックスした表情が印象的でした。食べる時間だけでなく、ちいさな種から育てるよろこびを(ときに失敗を)共有する。だからこそ、家族でも友人でも同僚でもない「みんな」との食卓がより豊かなものになるのでしょう。小倉さんたちの未来を耕す活動に、食卓の可能性を見た気がします。

取材:松屋フーズ・田中裕子 執筆:田中裕子 写真:吉屋亮 編集:ツドイ


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松屋は「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げています。国籍、人種、性自認、趣味嗜好の多様性が表面化し、それぞれが尊重される現代の日本。この国における「みんな」とは何か。取材班が、各地の「食卓」にお邪魔し、人生を聴いて、2021年現在の「みんな」について考えていきます。