「いつでも自分のために料理する」。料理家・今井真実さんがたどりついた“家族の食卓”の考え方
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「いつでも自分のために料理する」。料理家・今井真実さんがたどりついた“家族の食卓”の考え方

料理のプロが作る「普段の料理」ってどんなご飯だろう? 
料理家の今井真実さんの自宅兼料理教室へうかがう前に浮かんだのは、そんな疑問でした。
今井さんのnoteには日々の食卓やオリジナルレシピが多数アップされていて、“料理したい欲”をむくむくと湧き上がらせてくれます。彼女のプロフィール欄に「お味噌、梅、塊肉はライフワーク」とあるように、心底手仕事が好きな方ゆえの熱が、自然と読んでいる私たちに伝わってくるからでしょう。
一方気になるのは、料理が仕事にもなっている今井さんでも、「作るのメンドー」な気持ちに陥ることはあるのかということ。そもそも「仕事飯/普段飯」のように、食にも「公/私」があるのでしょうか……?
さまざまな疑問と期待を抱えてお邪魔すると、今井さんからは想像を超える回答が次々と飛びだしました。

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家族4人、途切れないおしゃべり。 #今井家のご飯 の裏側

「今日は焼きそばの予定だったんですけど、暑かったんで冷やし中華に変更しました」

梅雨入り前の金曜日の夕方。料理家の今井真実さんはすでに夕飯の準備に取り掛かっていた。夫の裕治さんが冷やし中華の具のひとつ、きゅうりの千切りを丁寧に切る後ろで、ローストチキンを手でむしる今井さん。これは「冷やし中華の具・その2」だそう。

「わりと夕飯は一緒に作りますね。私、長風呂好きなんですけど、『ほな私がお風呂入ってる間にきゅうりと錦糸卵やっといてー』という感じで分業して。冷やし中華の場合、大体きゅうりと卵は今井さん(夫)担当。丁寧なんですよ、夫のほうが。それにほら、夕方って疲れてるでしょ。千切りとかしたくないじゃないですか。だから今井さんにおまかせしちゃいます。ふふふ」

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都内にある料理教室兼ご自宅は、夫でカメラマンの裕治さん、中学一年生の娘さん、年長の息子さんの4人暮らし。いつも誰かの声が聞こえていて、仲の良さがうかがえる。

「このローストチキンは作り置きですね。ヨーグルトに漬け込んでおいて、味付けは塩だけ。これをオーブンで低温調理しておけば、子どものおやつとかにさっと出せるので重宝します。

スーパーで真空パックの鶏胸肉が2 kg入りとかで売ってますよね。それを、この辺のスーパーで安い日は火曜日なんで、火曜日に買って、賞味期限ギリギリまでほうっておいて。で、『もういよいよ明日やらなあかんな』ってときに作るんです。安いとき以外に買うと負けた気がするんですよね。おんなじ商品やのに、ねえ」

喋りながらも、今井さんの手はローストチキンをほぐし続ける。かといって夕暮れどき特有の急き立てられるような空気はなく、今井家の食卓にはゆったりとした時間が流れる。

料理上手なお母さんで羨ましいな、とお姉ちゃんに声をかけると、「他の人にも『いいね』って言われるんだけど、それだけじゃないからね」と、含みのある答えが。

「『怒らなそうなお母さんだよね』って友だちに言われるんだけど、『なんでまだわかんないの?』って(笑)。怒ったら関西弁でめっちゃ怖いんだよ。なんならその子もお母さんから何度も怒られてるのにさー」

お母さんに怒られている話をしているわりに、お姉ちゃんはとても楽しそうだ。思春期真っ盛りで難しい年頃かと思いきや、オープンハートで人懐っこい彼女が場を明るくしてくれる

方や、弟くんはお気に入りの「妖怪ウォッチ」について熱くプレゼンしてくれて、その豊富な知識にスタッフが圧倒させられた。

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「家に取材にきてもらうと一人は必ず、子どもたちのお子守役になってしまうんです。申し訳ないんですけど、子どもたちはお客さんが大好きで。料理教室もここでやっているのでもともと来客の多い家ではあったんですけど、コロナで開催も叶わなくなってしまっていて」

今井さんは「冷やし中華の具・その3」のもずくをとりわけながら、少し寂しそうに話す。昨年から料理教室はお休み中だ。

自家製の味噌や梅干しが知人の間で評判になり、「教えてほしい!」と声が上がるようになった。周囲の声に押されるかたちで今井さんが料理教室を開くことになったのは11年前のこと。

小さい頃から共働きで忙しい両親に代わって台所に立つことが多く、母の手伝いで梅酒や梅シロップも手作りしていた。

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子どものときから梅仕事は毎年のことですね。今は梅干しづくりがメインです。買うのとは全然違いますよ。手作りレベルの梅干しを買おうと思ったら一粒5、600円すると思います。それくらい大きな梅を買って干すんです。

ここに作った梅、全部並べましょうかね。これは梅シロップで、これは梅ピクルス、味噌漬けでしょ、小梅の塩漬け。この家は梅だらけですね。
今井さんは梅、好きだっけ?」

錦糸卵を切りながら、「嫌いじゃないよ」と裕治さん。梅についてテンポのよい会話が続く。

「こんなこと聞いたことなかったね」
「毎年増えてるよね、梅」
「そうね、食べな減らんからね」
「でも、昔の梅干しを食べようとしたら、待てって言うよね」
「それはね、古ければ古いほど薬効効果があるって聞くから、取っておこうかなと思って。だからなかなか減らへんのやね(笑)」

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「自分のために料理をする」 押しつけないから、ストレスフリー

今井さんが、焼きたての塊肉をオーブンから出してきた。テリテリと神々しく光るそれは、焼豚。あらかじめオーブンで素焼きし、タレに漬け込んでおいたものを直前に炙るだけだという。甘辛い香りが台所に立ち込める。これを千切りにすれば、「冷やし中華の具・その4」の焼豚が完成。肉料理も、今井さんの得意料理のひとつだ。

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「神戸市生まれなんですけど、近所のお肉屋さんで格安の神戸牛が買えたんです。両親が仕事で遅くなったときの定番が、そのお肉屋さんの牛肉を使った鉄板焼。今考えるとそうとう上質なお肉でしたけど、それをバターで焼いて。で、その牛肉の油が残った鉄板で最後、にんにくと一緒に梅おかか炒飯を作るんです。あれは本当に美味しかったなぁ。

関西は牛肉文化ですよね。東京の半額くらいで食べられるんじゃないかな。子どもたちにもガーリックライスを食べさせてあげたいけど、あの味を再現するのは難しいかなあ」

中学一年生のときに阪神淡路大震災で被災。実家は半壊し、引っ越しを繰り返した。やっと家が落ち着いた矢先、母が入院。家事を一手に引き受けることになった今井さんは、母の苦労を知った。

そんな中でも、日々の弁当作りは楽しかった。「料理は自分を幸せにしてくれる」と、身体で学んだ

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私は自分のために料理するんです。だって、ずっと誰かのために料理するってしんどくないですか? 私は『食べたいものがあるなら自分で作りー』というスタンス。子どもたちにリクエストを尋ねることもないですね。それでも『今日は暑いから冷やし中華』みたいに、気候に合わせて作ればだいたい食べてくれますよ。

そもそも子どもって、『何食べたい?』って聞かれても知っているメニューのレパトリーが少ないから、いつも「ハンバーグ、カレー、オムライス」しか言わなくって。まだ食べたいものを正確に伝える術がないんですよね。リクエストに応えて一生懸命作っても食べない事もありますし、それで悩むぐらいなら自分で食べたいものを作ったほうがいいなって思ってるんです。それに、大人が美味しそうに『今日これ食べたかったんだよね!』と食べていると、子どもも意外とそちらを一緒に食べたがるんですよね」

出来上がった冷やし中華はビュッフェスタイル。先ほどの焼豚や錦糸卵、レンチンでできる蒸しナスなど、好きな冷やし中華の具を自分で選んで麺の上に盛りつけ、完成させる。

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嫌いなものでも最低ひとつは取り、自分で選んだからにはきちんと食べる。自由には責任が伴うのである。

「そんな大仰なもんじゃないですけどね(笑)。私自身、体験としてあるんです。神戸でテレビディレクターをしていたとき、忙しくて帰りはいつも午前様。一緒に暮らしていた母が夕飯のお刺身を残しておいてくれたりするんですけど、夜中の2時にお刺身食べるのはキツかったんです。でも残すとお母さんから「せっかく残しておいたのに」と言われてしまう。

家族であってもわかりあえない部分って絶対ありますよね。私も娘が今日一日どう過ごしたかはわからないし、彼女の疲れ具合もお腹の減り加減もわからない。それに加えて、献立を考えるときはそのときどきの懐事情も関わってきます。

だからこそ、『なんで食べてくれないの?』を子どもに押し付けたくない。だったら私が食べたいものを作って、『あなたも食べたかったらつまんでいいよ』というスタイルのほうが双方にとって健康的かなと思ってるんです」

神戸でのテレビディレクター時代を経て、東京に出てきてからは別の業界で働き始める。目まぐるしい日々の中で裕治さんと出会い、26歳で結婚。子どもができてからは、外に働きに行かずともできる仕事を望んでいた。今井さんが料理教室を開くのは必然の流れだったのかもしれない

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お皿の中身はなんでもいい。子供の会話に耳を傾ける「余力」が大切

10年以上のキャリアを持つ現在でも、料理を仕事にしている感覚は希薄で、「公/私」がすっぱり区切れるようなこともない。

仕事で作ったものを家で食べるのは当たり前です。この前もお肉ばかりのレシピを大量に考える仕事があったんですが、数週間、家族で様々な肉料理を食べ続けました。しまいには娘のお友達が遊びに来た時に、試作で作った骨付き肉を味見してもらったり。助かりました。できるだけ色んな年代の方の意見を聞きたいんです。

私としては仕事といっても生活の延長というか、生活と仕事の垣根がふわっとしている感じ。夫が私の料理を撮影してくれることが多いという環境もあるかもしれないです」

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いまだに「料理家」と名乗ることに抵抗がある上、「基本的に毎日、料理を作りたくないと思う」らしい。

料理のプロもそんな思いに駆られるのかと思うと、少しほっとする。

「だって料理って大変じゃないですか? noteでレシピを公開しているのも、もともとは自分の備忘のためでした。それに簡単で美味しくできたレシピを残しておけば夫も作れるので、疲れているときは『note見て作って』と託しやすいんです。

特にステイホーム期間中、『楽しみは食べることくらいなのに、自炊がしんどい』って声を山ほど聞きました。今は少しでも料理がしんどい人が少なくなればいいなと思ってます。

作ることによって癒やされることもあると思うんですよ。『やった、これめっちゃおいしいのできたわ』って、テンション上がったり。それによって子どもとのコミュニケーションを楽しむ“余力”が生まれるのはいいなって。

いまだに料理家と名乗っていいのかって気持ちはあるんですけど、私がやりたいことは、『簡単やのにこんなおいしい味になるんや、やった-!』みたいな感覚を皆さんに提供することなのかなって、漠然と思っています」

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それでも不思議なことに、疲れているときほど今井家の食卓は豪華になる傾向があるらしい。デパートなどで惣菜を買ってくるから?

「買ってくることもあるんですけど、疲れているときって何かを選ぶこともできないんですよね、私。お惣菜売り場に行ってもぼうっとしちゃって、全然おかずを選べない。

しかもそういうときに限って子どもから、けっこう手のかかる『ラザニア食べたい』って言われたりする。で、そのリクエストを打ち消す力もなく言われるがまま作ったりして……。疲れてるのにラザニア、ほんま意味わからへんな(笑)。

思考力が落ちてるから段取りも悪くて、結局あれもこれも作った結果、豪華なご飯になっているということがよくあるんです」

冷やし中華のお夕飯もまもなく終わりというそのとき、裕治さんの「あっ!」という声が。どうやら狙っていた最後の焼豚をお姉ちゃんに取られた衝撃の声だった模様。

「いっぱい食べてたじゃん!」「でも私、数えたもん!!」と、一切れの肉をめぐって父と娘の舌戦がスタートした。その様子を笑いながら眺めつつ、今井さんが言った。

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「正直、食卓に並ぶお皿の中身はなんでもいいんですよ。こうやって子どもが話してくれる雰囲気作りをするのが一番大切だと思ってて。買ってきたお惣菜でも冷凍食品でもなんでもいい。その日、親が子どもの話を聞く姿勢を持てる“余力”を残すことが大事ですよね」

最後の肉を取る娘を牽制する父。ビュッフェスタイルから生まれる家族の会話こそ、今宵の食卓が生み出した最大の効用なのかもしれない。

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「皆さん、いつ“料理家”って言い出すんでしょうね」「料理家ってなんなんでしょうね」
取材中、何度もそうつぶやいていた今井さん。「食卓」や「食」そのものに公私の区別がないように、今井さんにとっての「料理家」はON/OFFで区切るようなものではなく、息をするような感覚で自然とたどり着いた「スタイル」なのかもしれない、と思いました。
冷凍食品も中食も凝りに凝った手作り料理も、ぜんぶ等しく家族をつなぐもの。「食卓」に貴賤なし! そんなことを今井さんに教わった気がします。
私たち松屋フーズも、家族団らんの“余力”を持つための手段として、みなさんに寄り添うことができればと思います。

取材:松屋フーズ・小泉なつみ 執筆:小泉なつみ 写真:小池大介 編集:ツドイ


これからもよろしくお願い致します!
松屋は「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げています。国籍、人種、性自認、趣味嗜好の多様性が表面化し、それぞれが尊重される現代の日本。この国における「みんな」とは何か。取材班が、各地の「食卓」にお邪魔し、人生を聴いて、2021年現在の「みんな」について考えていきます。