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「食事は『足の足』」 東京タワーを2分で駆け上がるアスリートの食卓。

高タンパク、低脂質。栄養重視のさっぱりとした味付け。
今回、はじめて「アスリートの食卓」へおじゃますることになり、わたしたちはそんな食事内容を思い浮かべました。ベストパフォーマンスを出すために、アスリートは身体作りが第一。常に食事制限をおこなっているのでは……と。
しかしそれでは、食事が苦痛の時間になってしまう可能性もある。健康的な身体作りのためには、ストレスをためない食生活も大切なのだと気づかせてくれたのが、バーティカルランナーの小山孝明さん。「自分に合ったメニューで、元気が出る食事」を重視し、大会に向けてこころと身体の健康を作る食生活を送っています。
今回は小山さんの食卓をたずね、小山さん流のアスリートの食生活についてお聞きしました。

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世界ランク8位のアスリートを支える朝食メニュー

「ちょうど昨日から減量期に入ったんです」

そう言って小山さんがキッチンから運んできたのは、彩りのよい野菜が並ぶワンプレート。とてもヘルシーでシンプル、まさに取材陣が思い描いていた“アスリートの食事”だ。

しかし、小山さんの食事の準備はまだ続く。炊飯器をあけ、玄米をお茶碗いっぱいによそい、その上には生卵。ほかに用意されたお椀には、2パック分の納豆を入れる。ビタミン、食物繊維、タンパク質……健康によいとされる栄養素を網羅したメニューのようだ。

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「減量期の朝ごはんは、だいたいこんな感じです。お米が好きなんですが、白米は減量に不向きなので玄米で。あと牛乳はマストですね」

身体のことを考えた食事のはずだから、牛乳もきっと意味があるのだろう。カルシウム補給のためですか? と聞くと、「いや、好きだからです」と意外な答えが返ってきた。まるで身体作りのことなど意にも介していないような口調だ。

「卵と納豆も、単純に好きなので食べてます」

想像していた答えとは異なり、取材陣から驚きと笑いの混ざった声がこぼれた。

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小山さんは、バーティカルランニングと呼ばれる競技で世界ランキング8位の実力をもつアスリートだ。バーティカルランニングとは、超高層ビルやタワーなどの非常階段を一気に駆け上がる都市型ランニング競技のこと。2019年の東京タワー階段競争では、常人ならおよそ13分かかる531段の非常階段を、なんと2分8秒で上り優勝を果たした。

食生活も大会を基準に考えられている。取材時に用意していた食事は、大会1ヶ月前から始まる減量期のメニュー。どんなことに気をつけて食材を選んでいるのだろうか。

「実は僕、野菜がすごい嫌いなんです。だから自ら食べることってほぼないんですけど、食べないとエネルギーに変換しにくくなるので、減量期はどうしても取らなきゃいけない。なので、自分なりに『野菜感』のないものを選んで食べています」

“野菜感の少ない食材”には、アボカド、ブロッコリー、マッシュルームをチョイス。それらはすべて、小山さん独自の視点で選ばれている。

「青臭くないアボカド、食べごたえのあるブロッコリー、あとは食物繊維を考えてキノコを取ろうと思い、キノコのなかでも一番好きなマッシュルームを選んでいます。野菜のほかには、魚。栄養価も高くタンパク質も豊富なサーモンにしました」

朝は野菜が中心の食卓。夜は魚か肉のみ。玄米も食べない。そして夜のメニューも小山さんの好みが大きく影響する。

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「基本的に赤身系の魚とお肉を食べています。鶏肉があんまり好きじゃないので、お肉は牛肉や豚肉どちらかです」

自分が食べたいもので減量メニューを作る。栄養価だけを追求し、厳しいルールに制限されて作られると思っていた「アスリート食」とは大きなギャップがあった。

勝てなくなって、食事の重要性に気づいた

もともと小山さんのご家庭では、「嫌いなものは食べなくても大丈夫」といった方針。おかずはひとつの大皿に盛られて出てくるスタイルで、野菜も少なめだったそう。

「野菜嫌いは昔からなんですけど、それに対して母から指摘されたことは一切なかったです。『自分の好きなものだけ食べてくれればいい』と言われていました」

好きなものを自由に食べていた小山さんが食事に意識を向けるようになったのは、何がきっかけだったのだろうか。

「試合で負けたからじゃないですか」

すぐに返事が来たあと、少し考え、「負けたというか、勝てなくなった」と加えた。

高校3年生のとき、小山さんは壁にぶつかっていた。当時は陸上、十種競技の選手。負けが込むなかで、トレーニングだけでは強くなれないと感じ始めたという。

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「この栄養素を取れば、こういう効果に繋がるといった研究を自分なりに始めてみました。当時から、引退しても何かしらスポーツに関わりたいと思い、トレーナーの道も考えていたんです。それも、食事を見直すひとつのきっかけだったと思います」

現在もアスリートとパーソナルトレーナー、ふたつの仕事に並行して取り組む小山さん。食生活についてのアドバイスももちろんおこなう。そのときは、「僕の真似をしないようにしてください」と伝えているという。

「アスリートといってもさまざまなスポーツのアスリートがいるので、食事もそのスポーツに特化したとり方が必要なんです。さらに僕は野菜が嫌いなので、栄養素も偏りますよね。

みんなが思う、いわゆる『健康的な理想の食事』ってあるじゃないですか。でもそれが、必ずしも自分の競技・目的に必要な栄養素を網羅したものであるとは限らない。自分がどうなりたいか、自分の目的に合わせた食事のとり方をすることが大切だと必ず伝えています」

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ひとくちに「アスリート食」といえども、目的に合わせた食事を取ることが大切。しかし嫌いなものを食べる生活は、やっぱりストレスが溜まるのではないか。工夫しながらもバランスを考えて食べている小山さんのモチベーションの源を聞くと、「成績に直結することです」と迷いのない返事がきた。

「体重を落として、必要な筋肉をつけなければ、成績は絶対にあがらない。実際に食事を変えたらタイムにも変化がありました。もしもなかったら、たぶんずっと野菜を避けた食生活を続けていたかもしれません(笑)」

数分ですぐに達成感が得られる、“コスパのよい”競技

自分に合った食事で身体作りに励む小山さんは、競技種目も自分の特性に合わせて変えてきている。

「バーティカルランニングを始める前は、山岳を駆け上るスカイランニングの大会に参加していました。そのときに、階段や手をつかないと登れないようなところで、ほかの選手と差をつけることができた。傾斜を駆け上がるのが得意なんじゃないかと気づいたんです。そこで、たまたま見つけた東京タワーの階段競争に出てみたら入賞しちゃって。バーティカルランニングを始めたのはそこからですね」

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何時間もかけて山頂へ駆け上がるスカイランナーから、ほんの数分に全力を注ぐバーティカルランナーへ。

「バーティカルランニングは数分で一気に身体を追い込むので、その瞬間はものすごいきつくて。一分もたたないうちに身体が動かなくなることってほかにないじゃないですか。でもその短時間で、スカイランニングと同じくらいの達成感が得られるんです」

その魅力を表す一言として小山さんから出てきたものが、「コスパ」だ。

「短時間の競技なので、そのあとに疲労も残らないんですよ。世界大会で海外に行って、観光ができる体力が残っているのはいいですね(笑)。得られる充実感と疲労度を考えたら、すごく“コスパのいい競技”だと思います

単純な移動の時間が好きではなく、家から駅までの道さえも、少しでも短い時間ですむよう走って移動するという小山さん。元来、効率的なことを好む性格なのかもしれない。

「つらい時間が長いほど、達成感が強くなるのでは」というステレオタイプな想像をしていたわたしたちにとって、「量より質」ともいえる小山さんのスタンスがとても新鮮にうつった。

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食事とは、足を動かすための“足”

短時間で自分を満足させるコスパ重視の考え方は、普段の食生活にも反映されている。

「減量期じゃないときは白米と生卵だけで食事をすますことも多いですね。それこそ松屋さんに行ったらすぐに牛丼が出てくるじゃないですか。すごい魅力的です」

大会シーズンが終わると減量期も終了。2か月ほどオフをはさみ、そのあとから身体作り期間が始まるという。オフから身体作り期間では、気になったお店にふらりと立ち寄ったり、好きな卵かけご飯を4~5杯おかわりして食べたり。減量期は玄米にしていた米も、小山さんの好きな白米に変わる。「食べたいものを食べる」が小山さん流だ

「オフの期間は食事内容に制限をかけず、自分の好きなものを食べます。栄養を意識することはあんまりなくて、元気が出ればそれでいいっていう考えです。ただし、そのあとの身体作りで出遅れないようにしたいので、食べ過ぎないようにはしています。

身体作りの期間では、量も関係なく食べます。トレーニング量が多いので、食べないと体重が減っていっちゃうんです」

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元気を出すために食べたいものを食べる。制限をかけすぎない食生活をこころがけ、ストレスをためないようにしているそう。「心の余裕はもっていたい」と話す小山さんにとって、身体作りとは肉体だけでなく、こころの健康も入っているのだろう。

心・技・体すべてをバランスよく考慮する小山さんにとって、食卓とはどのような存在なのだろうか。「あんまり考えたことないな……」と腕を組み、しばらくして「競技の欠片のひとつ」と表現した。

「階段を上るには足を動かさないといけないですよね。食事は、その足を動かすための支えになっているもの、『足の足』だと思っています。食事がなければ、自分のパフォーマンスは発揮できない。僕にとって食卓イコール『階段上りのタイム』なんです」

すべては競技の成績のため。自分らしいやり方で、小山さんの競技生活は続く。

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競技のために考えられた食生活のなかで、ご自身の食の好みもしっかり考慮されて作られている小山さんの食卓。「アスリートの方は厳しい食事制限に耐えているのでは」という取材前の予想がすっかり外れました。
私たちの身体は、食べたものでできている。肉体はもちろん、「おいしい」と感じる自分のこころも食べたもので作られています。健康的な身体は、こころと肉体の両方がそろってはじめて作られるのでしょう。

取材:松屋フーズ・もりやみほ 執筆:もりやみほ 写真:小池大介 編集:ツドイ


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松屋は「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げています。国籍、人種、性自認、趣味嗜好の多様性が表面化し、それぞれが尊重される現代の日本。この国における「みんな」とは何か。取材班が、各地の「食卓」にお邪魔し、人生を聴いて、2021年現在の「みんな」について考えていきます。