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自由でたのしい、けれどそれだけじゃ物足りない。 元アイドルの「ひとり食卓」

松屋フーズがみなさんの「食卓」におじゃまする本連載。今回は初の、ひとり暮らしのお宅です。
東京の単身世帯は、いまや全世帯のおよそ半数。その中には夢を追いかけ地方から上京し、自分の居場所を見出そうと孤軍奮闘する若者も少なくありません。家族と離れて暮らす彼らにとっての「食卓」とは、どのような場なのでしょうか。また、コロナ禍でより「ひとり」を強いられたこの1年間、どのように食と向き合ってきたのでしょうか。
京都から上京し、アイドル活動を経て女優・タレントとして活躍する愛わなびさんに、20代・東京ひとり暮らしのリアルな食生活と、その価値観をうかがいます。

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東京ひとり暮らしと、ステイホームと

寝室がわりのロフトがついた、ワンルーム。決して広くはない、けれどひとりには充分な空間に、シルバニアファミリーやサンリオのぬいぐるみ、パステルカラーの小物が並ぶ。

元アイドルで、現在は女優・タレントとして活躍する愛わなびさん。彼女が東京でひとり暮らしをはじめてから、4年と半年が経つ。すこし前に撮影で使ったという真っ白な割烹着に腕を通すと、1口コンロに乗せた鍋でお湯を沸かしはじめた。

「そうですねえ……この1年は、ちょっとしんどかったかなあ

スーパーのレジ袋からほうれん草を、ポケモンのマグネットが貼ってある冷凍庫からうどん麺とシーフードミックスを取り出しながら、この1年——ステイホームが推奨された日々——を、言葉とは裏腹な笑顔で語りはじめた。

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「東京に来てからはずっとひとり暮らしです。でも、友だちもたくさんこっちにいたし、あたらしい友だちもできたし、一緒に遊んだりごはんを食べたりすることも多かったんですよね。なので、さみしいって思うことはあっても孤独はそんなに感じたことがなくて」

それが突然、「だれにも会わず家にいなさい」という世の中になった。とくに2020年の春は、芸能の仕事がすべてストップ、このワンルームが生活のすべてに。ひたすら家にこもる日々。普段は観たい番組ばかりのNetflixも、それしかない状況だとたのしむ気分にならなかった。

「はじめて、『自分はひとりなんだ』って事実を突きつけられました

上京組の単身者を襲った、「ひとりの強制」。ひとり時間は好きなほうでも、自分の意志やペースで「会わない」のではなく「会えない」毎日は、想像以上に長く、退屈で、さみしいものだったという。

「やることがなさすぎて、夜ひとりで公園に行ってダンスして帰ってきたり(笑)」

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そんなときに時間を費やしたのが、料理だった。あたらしいレシピやお菓子作りに挑戦し、レパートリーを増やした。

「時間があり余ってるからできる試行錯誤がたのしくて。料理中は集中できるし、無心で手を動かせるのもよかったかな。……とはいえ、こうしてお仕事が再開すると簡単な『いつものメニュー』ばっかり作っちゃいます。今夜も、疲れてるときの定番、カルボナーラうどんです。このほうれん草さえゆであがったら、あとは一瞬!」

部屋全体の温度が上がってきた。ぽこぽこと音を立てるお湯にほうれん草を入れ、くたっとしたところでお湯ごとザルにひっくり返す。白い湯気が天井まで立ちのぼった。

鍋と入れ替わりでコンロに置かれたのは、フライパン。牛乳を沸かし、シーフードミックス、そして水気を絞って切ったほうれん草を放り込んでいく。

「煮えたらうどんを入れます。味付けはコンソメと塩胡椒と、バター……あ、使い切ったの忘れてた! 入れるともっとおいしいです! あと、スライスチーズ。今日は3枚入れちゃいます。チーズ大好き!」

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ほうれん草の残りをラップに包み、冷蔵庫へ。仕事の日でも、こんなふうにできるかぎり自炊しているという。

「実家の母が手づくりの食事にこだわってくれていたので、それを受け継いで。とくにコンビニのごはんはすごく疲れてるとき以外、できるだけ買わないように気をつけています」

疲れたときは豆腐と大葉、納豆、卵黄をかき混ぜ、ごはんの上にかけて食べる。気分によっては、納豆2パックで済ませる。時間があるときはグラタンを焼く。油の処理が面倒だから、「どうしても食べたくて仕方ないとき」だけ、からあげに手を出す。

「あとはロールキャベツやカレー、ミートソーススパゲッティ、肉じゃが、シチュー……そのときの気分に合わせて作ります。タマネギの皮をむいて、レンジで5分チンして、お塩を振って食べる、みたいなときもあります」

レパートリーを紹介しつつ手際よく調理を進め、最後に黒コショウをガリガリと削る。宣言通り、「一瞬」で完成した。

ローテーブルにランチョンマットを引き、うどんをよそったボールを乗せる。iPhoneから音楽を流し、手をあわせた。

「いただきます」

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「んん〜、おいしい!」

心からの声に、取材陣にも思わず笑顔がこぼれた。


学生からアイドルへ、アイドルから表現者へ

愛わなびさんは学生のときに、アイドルオーディションに合格し、上京した。うどんをすする彼女に、アイドルになることが夢だったのか聞くと苦笑しつつ首を振った。

「全然! むしろかわいいものに対して抵抗がありました。でも、ずっと東京に憧れがあった。どうしても東京に行きたくて、その手段として目の前にあったのが、人の前に立つ仕事だったんです」

応募要項で、好きなバンドの女性ヴォーカリストがプロデュースすると書かれていたこと、「カルチャー推し」だったことも彼女を奮い立たせた。

「下北沢や高円寺で活躍するアイドルなんて見たことがない! 絶対ダサくならないはず! なりたい! ……って応募したら、運よく合格しました」

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しかし現実は厳しかった。カルチャー性が強いサブカルアイドルグループを目指すと聞いていたのに、蓋を開けてみるとそうではなくて。

「わたしたちが集客できないせいもあるけれど、そのときは年間200本ライブして、もらえるお金はわずかでした。ありがたいことにチェキの撮影会ではたくさんの方に来ていただけたけれど、毎日のように応援してくれる人に会うからこそ、もっときれいにならなきゃってプレッシャーもあって。このときの食生活はボロボロでした」

常にダイエットを意識する生活を続けるうち、体調にも翳りが見えた。

「体型維持のために極力食べないようにして。炭水化物を食べないと、冬、ホントに寒いんです。芯からあったまらない」

そんなアイドルとしての活動期間は、およそ1年半と長くはない。しかし、ハードな生活や体調不良が原因で脱退を選んだわけではないのだという。

「唯一無二のカルチャーアイドルになって、新木場コーストとか赤坂BLITZとか中野サンプラザホールでワンマンライブがしたい! できる素材はそろってる! って本気で思ってました。だけどあるとき、そんな未来は来ないんだとふとわかったんです。そのまま活動を続けたら自分の心も死んじゃうし、『大きなステージに立ちたい』って夢を応援してくれるファンにも悪いなって」

料理中のほんわかとしたトーンは消え、真剣な顔つきで言葉を切った。

「だから、やめました。やめるしかなかった」

彼女がアイドル活動をスタートさせた2016年は、3000組ものアイドルグループが存在したと言われている。それぞれしのぎを削りながらも、大きく花を咲かせるのはそのごく一部。愛わなびさんは、一度、夢をあきらめた。

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もともと芸能活動に興味のなかった愛わなびさんだが、挫折を経験する中でふつふつと燃えるものを感じた。

「自分の持ち味を発揮できてないんじゃないかな? ってずっと歯がゆかった。たくさんの人に知ってもらうために、グループのロゴを具体的に考えて提案したり、興味を持ってもらえそうなカメラマンをSNSで探して提案したりもしました。もっといろんな人に知ってほしいし、自分の力を証明したい、ここであきらめてたまるか! と思って。負けず嫌いなんです」

そこで新たに事務所を探し、女優・タレントとして表現者の道を歩みはじめる。

「最近、できることがすこしずつ増えてきている手応えもあって。まだまだこれからですけど、やりたいこともある。毎日たのしいです

そして、目尻をきゅっと下げて付け足した。

「もちろんいまは、主食もちゃんと食べます! 身体がぽかぽかするし、やっぱりお米はおいしいし元気出るな〜! って。白米大好き!」

自分を満たすために食べる

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こうした「主食」の話からもわかるとおり、食べることが自分を満たすための大切な行為だと——シンプルに言えば「食べるのが大好きだ」と、ひとり暮らしの中であらためて実感したと愛わなびさんは振り返る。

「父方の実家は和歌山の有機農家、母方の実家は金沢の大きな魚市場の近くにあるんです。新鮮でおいしいものに囲まれて育った影響か、もともと食べることには前向きなほうで。欲を言えば1日5食とりたいくらい。上京する前に10kgのダイエットを成功させたときも、食をないがしろにすることへのストレスは大きかったかな」

たとえば、どうしてもラーメンが食べたくなり、こんにゃく麺で「ラーメンもどき」を作ったこともある。しかし物足りず、かえってフラストレーションがたまってしまった。

「そういうこともあって、もう中途半端な妥協はやめることにしたんです。カロリーが高くてもジャンクフードでも、心が満たされるものを口に入れようって。食べたものが自分を作るのはわかってるけど、やっぱり、身体だけじゃなくて心の健康も大事だと思うから

食べたいときに、食べたいものを食べる。ただし腹八分目で。——これが、試行錯誤の末に確立した愛わなびさんのマイルールだ。このルールを守るためにも、自分がほんとうに欲しているものにアンテナを立てているそう。

「結果、一汁三菜をきっちり整える日もあるし、ラーメンや焼肉を選ぶ日もあります」

自分の身体と対話を続けて生まれたルールは、ほかにもある。

「朝ごはんは食べないんです。集中できなくなるし、落ち着いて家から出たくなくなっちゃうから。あと、翌朝胃もたれしちゃうので、食事はできるだけ19時ごろまでに済ませます」

身体の声をよく聴き、ヘルシーに暮らす。これは、ひとり暮らしの「食の特権」なのかもしれない。

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自身の食生活について、いきいきと語ってくれた愛わなびさん。いまのあり方に満足しているのだろうと思いきや、「うーん……ただ、これは『食卓』とはちょっとちがうな、と思うんですよね」と腕組みをする。

「両親や弟、おじいちゃんやおばあちゃんと囲んでいたのが、わたしにとっての『食卓』です。みんなでおしゃべりしながら食べるとか、家族の体調を考えてメニューを考えるとか、家族でテレビを見ながらはっさくの皮をむくとか、そんなイメージで。ひとり暮らしの食事は、自分を満たすことだけ考えればいい。マイルールもそのためのものです。でも、やっぱりいずれは家族団らんというか、『だれかとの食卓を満たす』ことを目指したいかな」

好きなときに、好きなぶんだけ、好きなものを食べる、自由なひとり暮らし。けれど、それだけでは物足りなくもある。空間を共にし、顔を合わせ、言葉をかわし、笑い合い、お互いのことを理解しながら食べる——そんな「共有の場」こそが、愛わなびさんの考える食卓なのだという。そしてその豊かさと尊さを、痛いほどに感じた1年間だったのだろう。

「だから東京では、友だちの家でいただく食事がいちばん『食卓』に近いです。考えてることや近況を共有できるし、『おいしい!』『どう作るの?』って言い合える。……そういえば仕事も、自分だけで進めるよりみんなで『どうしよっか?』ってつくりあげるほうが好きですね」

食生活でも仕事でも「みんな」との時間をこよなく愛する彼女にとって、人との出会いがなによりも大切。だからこそ、いまは京都に帰ることは考えていない。

「東京は出会いの数がちがうし、選択肢も情報もたくさんある。可能性の街だなって思います。とにかく人に影響を受けるタイプなので、ここでもっといろんなことを吸収して成長していきたい。たくさんの人やモノに出会って、みんなから刺激をもらいたい。東京ひとり暮らしはとっても大変だけど、もうすこしこの街で生きていこうと思います

取材の最後、「いまはまだむずかしいんですけど、この『禍』があけたら」と彼女は目を輝かせた。

「はやく、みんなとごはんを食べたいです。というか、人の家に行って存分に振る舞われたい!(笑) おいしく食べる自信だけはあるから、声をかけてくれる人、大募集です」

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若いひとり暮らしの方、しかも芸能の世界を生きる女性はどのような食生活を送っているのだろうと、想像もつかないまま訪れた今回の取材。「オールしたときは松屋さんの朝定食を食べてから帰宅してました!」という言葉や飾らない食事風景に和みながらも、「ひとりの食事は『食卓』と言えないかも」と首をかしげる愛わなびさんの姿にはっとさせられました。彼女のおっしゃるとおり、この1年で多くの「食卓」が奪われました。「みんなの食卓でありたい」と願うわたしたちにできることはいったい何なのか、宿題をもらったような気がします。

取材:松屋フーズ・田中裕子 執筆:田中裕子 写真:小池大介 編集:ツドイ

これからもよろしくお願い致します!
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松屋は「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げています。国籍、人種、性自認、趣味嗜好の多様性が表面化し、それぞれが尊重される現代の日本。この国における「みんな」とは何か。取材班が、各地の「食卓」にお邪魔し、人生を聴いて、2021年現在の「みんな」について考えていきます。