僧侶の日常は、想像以上に自由で豊かだった——。令和初の寺院「なごみ庵」を設立した、浦上哲也さん、智子さんの“手作りの食卓”
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僧侶の日常は、想像以上に自由で豊かだった——。令和初の寺院「なごみ庵」を設立した、浦上哲也さん、智子さんの“手作りの食卓”

松屋フーズ公式note
神奈川県横浜市の住宅街に、「なごみ庵」という小さな寺院がある。「お寺」と聞くと、何百年という歴史を持つものを思い浮かべるだろう。しかしそこは、なんと令和元年に認定されたばかりの、新しい寺院だ。しかも住職を務める浦上哲也さんは一般家庭出身で、ひょんなことから仏門に入ったという。
さまざまなイベントを企画し、SNSでの情報発信にも精力的。最近はそんな僧侶も増えてきており、彼らは知られざる“僧侶の世界”を伝えてくれている。そして哲也さんもそのひとりとして、日々の活動に邁進しているという。では、その日常とは一体どんなものなのだろうか。
想像以上に自由で豊かで、ユニーク。そんな形容がぴったりな哲也さんの暮らしを、ほんの少しだけ覗かせてもらった。

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僧侶の間で「カレー」がブームになっている

「僧侶の食卓」と聞くと、真っ先に浮かぶのはやはり精進料理。肉や魚を避け、植物性の食材のみを使って仕上げる。それはとても滋味深く、健康的な食事という印象が強い。日々、そういったものだけを口にすることで、自身を律するのだろう。ただし、それは簡単に真似できるような行為ではない。

そんな前提があったからこそ、取材現場となった「なごみ庵」の扉を開けたとき、取材陣は顔を見合わせた。

――カレーの匂いがする。

誰ともなく、そう呟いた。僧侶がカレー? やや戸惑っていると、「ようこそ!」と朗らかな声がする。声の主はなごみ庵の住職である浦上哲也さんだ。

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なごみ庵は平成18年に開所し、それから13年経った令和元年に「全国で令和最初のお寺」として認可を受けた。いわば“できたてホヤホヤ”のお寺だという。

民家の一部を改装し寺院として使っているものの、その見た目はどこにでもあるような民家とほぼ変わらない。そこにきて、漂っていたのはカレーの美味しそうな匂い。ここが本当にお寺なのだろうか……?

哲也さんに案内されるがまま、キッチンへ通される。そこでは坊守(住職の妻)である智子さんが、鍋をかき混ぜていた。もうひとつの鍋ではお米を炊いているそうで、白い蒸気が立っている。

智子さん「こんにちは。もう間もなくできあがるので、ちょっとだけ待っててくださいね。今日は玉ねぎ、しめじ、鶏肉、トマト缶を使ったカレーにしたんです。ルーは使わずに、米粉とカレー粉で仕上げています」

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付け合わせには、おからのポテトサラダ風と、ブロッコリーとトマトの味噌汁が用意されてある。

智子さん「おからのサラダは、豆腐を加えることでしっとりするんですよ。そこに黒豆とパプリカを入れて、味付けは味噌とマヨネーズ。味噌汁にはトマトを入れていますけど、びっくりしたでしょう? でもね、酸味があってすごく美味しいの」

哲也さん「そうそう、最初はどうしてトマトなんて入れたんだろう……と思ったんですけど、意外と合うんです。そんな風に、妻は意外な組み合わせで料理を作るんですよ」

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智子さんがサラダや味噌汁を盛り付けている間、哲也さんが鍋を見張る。キッチンに立つふたりのコンビネーションはピッタリで、聞けば「いつもこんな感じ」とのこと。

息が合うふたりを見ていてほっこりした気持ちになったものの、「僧侶がカレーを食べてもいいの?」という疑問を思い出し、ストレートにぶつけてみた。

哲也さん「ああ、驚かせてしまったかもしれませんね。日本には35万人ほどの僧侶がいると言われていますけど、精進料理だけを口にするのは、本山などで修行をしているごく一部の人。あとはほとんどが民間の人と同じ生活を送っているので、みなさんと似たような食生活なんですよ。特に私たちが信仰する浄土真宗には戒律がない。というか『戒律を守る』ことを重視していない宗派なんです」

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さらに驚くことに、ここ最近は僧侶の間で「カレーがブームになっている」のだとか。

哲也さん「仏教もカレーもインド発祥ですし、お釈迦様がカレーの原型となるものを作られたという伝説があるんです。それにのっとって、お釈迦様の誕生日である4月8日にカレーを食べたり振る舞ったりというのが僧侶の間でムーブメントになっていて。それも知ってもらいたくて、今日は敢えてカレーを用意してみたんです」

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そう言うと、ちょうどよくご飯が炊きあがった。皿にたっぷりのカレーライスを盛り付け、哲也さんが取材陣を促す。

哲也さん「お昼ごはんは、本尊のある仏間で食べましょう」

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“やりたいこと”をやるために、ゼロから寺院設立へ

哲也さんは一般家庭出身で、ゼロからなごみ庵を設立した。仏門に入ることも、寺院を作ることも決して容易なことではないはず。それでも哲也さんがこの道に足を踏み入れたのはどうしてなのだろう。

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哲也さん「親戚がお寺に嫁いだのが、最初のご縁でした。ただ、そのときはまだ子どもだったので、まさか自分が僧侶になるなんて想像もしていなくて。

仏門に入ったきっかけは会社を辞めたこと。『次はなにをしようかな』と迷っていたときに、誘われたんです。でも、相当悩みました。一般的な職業ならば『やっぱり合わなかったから辞める』という選択もできますけど、僧侶の道を選ぶからには、そんな中途半端なことができません。覚悟が必要でした」

結局、周囲の応援もあり、哲也さんは仏門を叩くことに。雇用された寺院で“サラリーマン僧侶”として働きながら、仏教を学ぶために東京仏教学院にも通った。そこで出合った「都市開教」という授業が、哲也さんの人生を変えることにつながっていく。

哲也さん「『都市開教』というのは、都市部で新しくお寺を作ることを学ぶ授業です。当時はそんなことができるのか、と驚きました。ただ、お寺で働くうちに自分の理想が見えてきたんです。私はお経をあげることと同じくらい、その場で仏教を説く法話が大切だと気づいて。でも、勤めていたお寺ではあまり自分が法話をする機会が設けられませんでした。だったら、自分で発信する場所を作ればいいのではないか、と。それがなごみ庵のはじまりです」

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ちなみに智子さんとの出会いは、哲也さんがまだ“サラリーマン僧侶”だった頃。智子さんは舞台女優として活動していた。

智子さん「僧侶という職業に対して、先入観はありませんでした。『あ、お坊さんなのね』という感じ。でも結婚することになったとき、それを友人に報告すると、みんな驚くんです。その反応を見て、『どうしてそんなに驚くの!?』とこっちもびっくりしちゃって(笑)。その頃はまだサラリーマンのお坊さんでしたし、特に私がなにかするわけでもなく、気楽だったんですよ」

ところが、結婚後、哲也さんは自ら寺院を設立する道を選んだ。そのことを打ち明けられたとき、智子さんはどう感じたのか。

智子さん「『やってみたいならどうぞ』というくらいで(笑)。お寺を作るとなると、人も大勢集まりますよね。それも私は、嫌じゃなかったんです。むしろ、みなさんに頼りにしてもらえるならありがたいことですし」

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哲也さん「もともと舞台女優をしていたこともあって、よく『何事にも動じないタイプだね』と言われているんです。そんな性格も、住職のサポートをする坊守に向いていたのかもしれませんね」

やりたいことの実現のために一歩踏み出した哲也さんと、それを隣で温かく見守る姿勢の智子さん。来年で結婚20周年を迎えるふたりには、おしどり夫婦という言葉が本当に似合う。そんなふたりだからこそ、ゼロからの寺院設立という夢も叶えることができたのだろう。

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寺院から食事まで、すべてが手作りで自由

手作りの寺院・なごみ庵には、哲也さんが“やりたいこと”がたくさん詰まっている。自分の経本を作る「写経会」、健康促進の体操を行う「笑いヨガ」、死について考える「死の体験旅行」など。どれもオリジナリティあふれ、興味を惹かれる活動ばかりだ。

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中でも人気なのは、やはり「法話会」。しかも「宗教や宗派は気にせず、どんな人でも遊びに来てほしい」と謳っている通り、なごみ庵の法話会を訪れる人は実にさまざま。

哲也さん「私自身、『超宗派』と呼ばれる宗派を超えたお坊さんたちのグループに関わっていて、他の宗派も尊重しているんです。だから、なごみ庵に来られる方たち……、うちでは縁のある人ということで『縁人(えんじん)さん』と呼んでいますが、彼らを無理やり勧誘することもない。ただ、来てくださるだけでありがたいんです」

智子さん「独居の方も少なくなくて、そういう方たちからは『ここが居場所のひとつ』と言っていただいたりして。ここに来れば、誰かに会える。そんな風に、小さなコミュニティのように使っていただけるとうれしいです」

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なごみ庵の“外”で行う社会活動にも意欲的だ。僧侶という職業柄もあるのだろう、哲也さんは悩み相談に答える機会も多い。以前から力を入れているのは、自死問題。哲也さんは「自死・自殺に向き合う僧侶の会」のメンバーのひとりとして、寄せられる悩みに答えているという。

哲也さん「活動のひとつの往復書簡は、港区にある曹洞宗のお寺が事務局になっていて、そこに手紙が届きます。それをスキャンしたものがデータで送られてきて、それに対して返事を書く。ですが、自分以外にふたりのお坊さんの確認を経てからじゃないと返信できないんです。ひとりだけの意見では、どうしても読み違えたり偏ったりしてしまう可能性がある。チェック体制をしっかりすることで、それを避け、なるべくフラットなお返事を差し上げるのが狙いです」

智子さん「多い月だと10通以上にお返事しないといけないこともありますし、何往復もやり取りが続くこともあります」

哲也さん「私は最高で50往復くらいしていますが、中には150往復を超えるやり取りをしているお坊さんもいます。きっと終わりはなくて、どちらかがこの世を去るまで続くんでしょう」

智子さん「法事は週末に集中することが多いので、平日はこういった書き仕事や事務作業に追われることが多いんですよ」

手紙の返信を考えるだけではなく、毎月配っている「お寺新聞」の記事を書いたり、依頼された講演資料を作ったり。それ以外にもホームページやブログの更新もある。それだけを聞いていると、イメージする僧侶の日常とはかけ離れていて面白い。

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そしてなにより、ふたりの生活には“手作り”という言葉が似合うことに気付かされる。

智子さん「どうも手作りするのが楽しくて。ヨーグルトはもらってきたタネを牛乳に加えることで、自家製のものができるんです。それ以降、市販のものは買わなくなりましたね。最近では味噌も手作りしていて。やってみると案外簡単なんですよ。実は今日の味噌汁に使ったのも、自家製の味噌なんです」

哲也さん「妻は手作りすることが好きというか、もう趣味の域なんですよ」

智子さん「そうそう(笑)。たとえばテレビを観ていて『こんなものも自分で作れるのか!』と知ると、実験みたいな感じで試してみたくなっちゃう。それが楽しいんです」

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哲也さん「コロナ前は、ここに来てくれた方たちに茶話会でカップケーキを出したりしていて。今は持ち帰っていただいてるけど、試作をしては味見を何度もしているね」

智子さん「上手に作れるかわからないから、事前に練習しておかないと、と思って。せっかくお土産に渡すんだから、喜んでもらいたいじゃない」

ふたりの会話には「楽しい」や「喜んでもらいたい」という言葉が頻出する。そんなポジティブさに彩られているからだろうか、取材を通じて少しだけ覗かせてもらったふたりの暮らしは、とても豊かなものとして映った。

僧侶に対する既存のイメージを覆すように、精力的に活動する哲也さんと智子さん。何から何まで、そう寺院までも“手作り”してしまったふたりの原動力は、実はささやかな食卓にあるのかもしれない

最後にそれを伝えると、ふたりはルーを使わずに一から手作りしたカレーを食べながら、顔を見合わせて笑った。そこに漂う空気はとても穏やかで、温かだった。

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お坊さんの日常生活というと、どうしてもがんじがらめの厳しいものを想像しがちです。でも、哲也さん、智子さんの日常はとても自由で楽しそうなものでした。
私たちは他者と接するとき、その属性やラベルで判断してしまうことがあります。それが理解の幅を狭めてしまうことも。そうではなく、「一人ひとりは異なっていて当たり前なのだ」という価値観を持つことが、本当の意味での理解につながるのではないかと思います。

取材:松屋フーズ・五十嵐 大 執筆:五十嵐 大 写真:吉屋 亮 編集:ツドイ

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松屋フーズ公式note
「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げる松屋の公式noteです。日本各地の「食卓」にお邪魔し、生活や人生を聴く「みんなの食卓」を連載中。それぞれの食卓を通して現代日本の多様性と向き合い、「みんな」について考えていきます。