ワンオペ育児を変えた「家族をひらく」暮らし方。徳瑠里香さんが楽しむ、多彩な食卓
見出し画像

ワンオペ育児を変えた「家族をひらく」暮らし方。徳瑠里香さんが楽しむ、多彩な食卓

「ワンオペ育児」。何らかの理由によりひとりで仕事、家事、育児のすべてをこなさなければならない状態を指す言葉です。インターネットを中心に、当事者たちがその大変さを伝える際に使われるようになり、2017年にはユーキャン新語・流行語大賞にもノミネートされるなど、広く浸透しています。さらに現在、働く母親の6割以上が「自分はワンオペ育児状態」だと感じている(*)といいます。
今回取材した徳瑠里香さんも、そんなワンオペ育児に奮闘するひとり。さぞかし大変な毎日だろうと想像していたのですが、瑠里香さんは「もうワンオペとは思ってない」とさっぱりした笑顔で語ります。
過酷なワンオペ育児を、どう乗り越えたのか——。その発言に至るまでのヒストリーをうかがいました。
(*株式会社リンナイ「世界5カ国の「ワーキングママの育児事情」に関する意識調査」(2019年)より)

画像1

ワンオペ歴4年。たどりついた自分なりの時間割

——ピンポーン。

「はあーい!」
トトトトッ。
ガチャッ。
「いらっしゃーーい!!」

勢いよくドアを開けて、小さな女の子が大きな声で出迎えてくれた。後ろには、屈託のない笑顔がそっくりなお母さん。

ようやく秋めいてきた10月の水曜日、おじゃましたのは徳瑠里香さんのご自宅。元気いっぱい出迎えてくれた一人娘のしきちゃんは、玄関からノンストップでおしゃべりを続けている。

「このエプロンはね」
「ピンクかわいいね!」
「ぬいぐるみがあるの!」

画像2

「今日は人がいっぱい来てうれしいねえ」瑠里香さんが興奮ぎみのしきちゃんに声をかける。必死に言葉を放つ小さな身体から、目いっぱいの歓迎の気持ちを感じて、自然と頬が緩んでしまう。

「本っ当に元気なんです(笑)。人見知りも全くしないし、人が家に来るのも大好きで。ご近所さんにも、工事のおじちゃんにも、レジのおばちゃんにも。毎日保育園に行くまでに5人くらいにはしゃべりかけてます」

そんなしきちゃんは、瑠里香さんとお父さんのたかしさんと3人家族。だけど、この日会えたのは2人だけ。たかしさんは「ウルトラ忙しい」(瑠里香さん談)人で、帰宅はいつも2人が寝静まったあと。平日の晩ごはんを一緒に食べたことはほんの数回しかないそう。仕事の関係で地方への出張も多く、過去には4ヶ月の長期出張でほとんど家に帰らなかったこともある。

画像3

つまり、瑠里香さんはずっと「ワンオペ」でしきちゃんを育てているのだ。しかも、自身もフリーランスの編集者・ライターとして仕事に勤しみながら。

「今は時間割をはっきり決めているから、だいぶ楽ですね。18時から21時まではしきと過ごす時間。いつも娘と一緒に21時には寝て、私だけ4時〜5時に起きて1人の時間を過ごして。2人は7時半くらいに起きてくるから、みんなで朝ごはんを食べて、送り出す。しきが保育園に行っている9時から17時が私の仕事タイムです」

時刻は18時半。家族の生活リズムを語りつつ、手際よく包丁を動かしていく。にんじん、たまねぎ、セロリ、ソーセージ。細かく切った具材をいっぺんにストウブにイン。冷蔵庫から豚肉を取り出してざっくりカットしたら、水にさらしていたジャガイモと一緒にフライパンに投入。

画像4

シンプルな調理工程とナチュラルなビジュアル。どれも、おしゃれなカフェで出てくるブランチメニューのようだ。

たかしの実家の愛媛から、2週間に1回くらい段ボールいっぱいに野菜が届くんですよ。だから、野菜をたくさん使えるメニューが多くて。スープにしたり、オイルで蒸したり。味付けは塩やオリーブオイルでシンプルに、素材そのままって感じです。カレーみたいな名のある料理はほとんど作らないかな」

出来上がり間近の料理を見て「なんか朝ごはんみたい?」とからから笑う瑠里香さん。そんなお母さんと、部屋を駆け回るしきちゃん、天真爛漫さがよく似ている。かたや、3人が揃う朝の食卓は、ご飯を炊いて、しっかり料理をするのだそう。

画像5

2人っきり。だけど、にぎやかな気配をまとう晩ごはん

——ピンポーン。

「あっ!!」突然のインターホン。瞬間、しきちゃんは玄関へダッシュ。「噂をすれば、愛媛からかも。はあーい!」エプロンで手を拭きながら、瑠里香さんがあとを追う。

届いたのは、1箱の段ボール。箱の中をのぞくと、みかんとシャインマスカット、その下にお芋などの野菜たち。秋の味覚がこれでもかと詰まっている。

画像6

「すごい量でしょ?」と笑う瑠里香さん。たしかに2週間に1回の定期便、主に2人で消費するにはたっぷりすぎる量に思える。

「本当にいつも食べきれないくらいなんです(笑)。だから、みかんはお隣の人とか、保育園のママ友とかにめっちゃ配ってて。あとは、インスタで『野菜がまた届いた!』みたいなことを投稿すると、『行く行く!』って友だちが食べに来てくれたりします」

平日の夜も休日も、たかしさんがいてもいなくても、しょっちゅう友人が自宅へ遊びにくるそう。その楽しい交友関係に一役買っているのが、この「愛媛定期便」なのだ。「今日のジャガイモもそうなんです」瑠里香さんは出来上がった料理を食卓に運ぶ。

画像7

「できたよー。しきちゃん、準備して」
「えー。まだできてないよー!」
「いやいやできてるよ、ほら(笑)」

レンズ豆のスープ、ほうれん草のオイル煮、豚ロースとジャガイモのソテー。お気に入りのパン屋さんのカンパーニュを置いて、食卓の準備が整った。母と娘、2人っきりのシンプルでにぎやかな夕食がスタートする。

「いただきます!」

画像8

奪われた自分自身。ワンオペ育児でぶつかった苦悩

瑠里香さんは愛知県生まれ。祖父母と父、母、2人の妹、従兄弟家族も隣に暮らす大家族で育った。さらに近くに住む親戚や両親の友人も頻繁に家を訪れていたそう。

「晩ごはんは基本的に家族みんなで食べていたし、大人数で食卓を囲むことが多かったですね。従兄弟の野球チームのメンバーがうちでごはんを食べてることもあったな。今でも実家に帰ると大勢集まって、庭でバーベキューをしたり、餅つきをしたり。0歳の子どもから80歳のおばあちゃんまでいて、いつも本当ににぎやかなんです」

そんな環境で育ったからか、人と過ごすこと、食べることが大好きになった。上京し、就職してからは、いろんな街を飲み歩くのが楽しみに。当時の出版社での仕事が好きだったこともあり、やりがいのある日々だった。

画像9

しかし、しきちゃんの出産を経て、生活は一変。当時の心持ちを尋ねると、素直に「辛かったですね」と話してくれた。

「里帰り出産をしていたので、出産直後は親や妹たちに助けてもらえました。だけど東京に帰ってきた瞬間、マンションで、赤ちゃんのしきと2人っきり。娘の命を守らなくちゃいけない緊張感と、外にも出られない閉塞感。仕事のしめ切りも、どうしたら守れるのか……って感じで。常に悩んでいたし、本当に頭がおかしくなりそうでした。元々人と会うことが大好きだったから、それが『奪われた』って感覚もあったのかもしれません」

一方のたかしさんは、忙しさに明け暮れるままで、なかなか家にいられなかった。満杯の不満は簡単に爆発し、2人は幾度となくぶつかることになる。

「『なんでたかしは家にいないの!』って毎日めちゃくちゃむかついていて(笑)。不満を溜め込むのはよくないと考えていたので、思ったことは全部言うからねって伝えていたんです。『仕事、やめたら』と言ったこともありましたね」

瑠里香さんの過去のnoteには、ワンオペ育児の疲弊感や、たかしさんへの怒りがたっぷり記録されている。そんな瑠里香さんの叫びを、たかしさんは「そうだね」とまっすぐ受け止めた。

画像10

「話を聞いてほしいって気持ちが強かったから、ぶつけてスッキリする部分があった」と瑠里香さんはふり返る。とはいえ、辛いワンオペの日々は変わらず続いていくのだ。「吐き出してスッキリ」で乗り越えられるものなのだろうか。

「たった数時間でも家に帰ろうと頑張っていることが分かったりして、『たかしも家族をないがしろにしているわけじゃないんだ』と気付けたことが大きかったです。

そして、この人は本当に仕事が好きで、楽しんでいて、それが彼のアイデンティティなんだと思うようになった。諦めた、とも言えますけど……(笑)。仕事に打ち込むことで、たかしがたかしらしくいられるなら、それは大事なことなのかも、と。

そしてその分、もっと自分に目を向けたんです。たかしは仕事が好き、じゃあ私はなにがしたいのか、どうしたらこの鬱屈とした気持ちを解消できるのかなって」

その中で見つけた心の声が、「私はしきと過ごす時間を大事にしたい」「仕事も頑張りたい」。そして「ずっと赤ちゃんと2人っきりで、大人と話せないのは辛い」ということだった。

画像11

「家族をひらく」ワンオペ育児がひっくり返ったきっかけ

「それで、私が過ごしてきた家のように、家族をもっとひらいていけばいいんじゃないかって思ったんです。もちろん夫じゃなきゃダメな部分はあるけれど、全部を夫に求める必要はない。私が会える人を増やして、頼れる人を増やして、家族っていう場を広げていけたらいいのかもって。

実際に、友だちを積極的にうちに誘って、思いっきりしゃべれる場をつくってみたら、たったそれだけで随分心が軽くなりました」

「家族をひらく」。友だちを家に呼び、一緒にごはんを食べて、たくさんおしゃべりをする。大変だなと思うときは助けてもらう。「家族を3人で完結させようとしない」というリフレーミング(捉え直し)が、ワンオペ育児を乗り越えるひとつのきっかけになった。

画像12

「学生時代の友だち、仕事で出会った友人、街で仲良くなった飲み友だち、保育園のママ友、関東に住む従姉妹、夫の会社の人たち……、今はいろんな人が遊びに来てくれます。気軽に声をかけ合って、うちで料理を振る舞ったり、家族ぐるみでお泊まり会をしたり。仕事のためにしきを預かってもらうこともあるのですが、それも仲の良い家族のところだと安心。すごく助かってますね」

そこには、気負わずに助け合う“遠慮のなさ”があるようだ。普通の「友だち」よりももう少し近く、深い関係。それはきっととても心強くて、日々の楽しさを倍増させてくれるものだろう。そんな仲を築くコツはあるのだろうか。

「最初のきっかけは……、仲良くなれそうだなって思ったらみかんを持っていったり(笑)。あとはしきが誰にでも話しかけるおかげで、そこから話すようになったり。

でもコツなんてないですよ。おいしいもの食べておしゃべりしてたら絶対楽しい時間になるじゃないですか。特別なことをしなくても、それだけですぐに仲良くなれるんじゃないかな。

少なくとも私の場合は、自分自身が思いっきり楽しんでいただけです(笑)。そうしたら自然と“友だちと家族の間”みたいな関係が広がっていきました」

画像13

たしかに、“楽しい”を共有する食卓には、人と人の心を近づけるパワーがあるのかもしれない。今日も取材でありながら、おいしそうな香りと2人の明るい声がすっかりうちとけた雰囲気をつくってくれている。

それから、物理的な距離は離れていても、愛知と愛媛の家族の存在も大きな助けになっている。

「夜に2人きりのときには、よくテレビ電話をつないでおしゃべりしています。しきもみんなが大好きだし、話し相手になってくれてありがたいですね」

夫と娘、友人、友人家族、実家の家族。いくつものつながりを持ってバランスをとり、自分の生きるスペースを広げる。「好きなんです」「楽しいから」とポジティブな言葉を重ねる瑠里香さんは、なんだか開放的で、心から今を楽しんでいるように見える。

画像14

家族をジャッジしない。自我が芽生えた娘に教わったこと

「あれ? 私のトランポリンどこ?」
「ごめんごめん、ママがあっち持っていっちゃった。」
「トランポリン、やりたーーい!!」
「えぇー。ここに持ってくるの? ほんとに?」

しきちゃんの要望に軽く難色を示しながらも、瑠里香さんはすんなり隣の部屋へ向かう。大きなトランポリンの登場に、もう一段階テンションがあがったしきちゃんは、早速飛び乗って、ビョンビョンビョン。キャハハハ! とはしゃぎ声が響く。

画像15

その姿を見守りながら、秘密を共有するように「すっごい面白いんですよ、しきの話」とエピソードを教えてくれる。

「たとえば動物園に行ったとき、『ゾウさんってどうやってごはん食べてた?』って聞いたら『“つ”の形で食べてた!』とか。トイレに行ったときは『お尻を“虹の逆さま”みたいにして拭いてね』って言われたり(笑)」

画像16

そんなしきちゃんのおしゃべりが、ある大切なことを教えてくれたという。

「当たり前のことなんですが……。3歳を過ぎて話せるようになった頃かな。娘は、明らかに自分の意思がある『ひとりの人間』なんだって気が付いて。同じことをしていても、私とは違う視点で、全く別の景色を見てる。

そこから、私の基準を娘に押しつけないようにしようと決めました。私のモノサシで彼女を否定したり、ジャッジしたりしない。特に2人でいる時間が長いですし、お互い気持ちよくいたいから。

家族であっても個人を尊重して、それぞれがハッピーでいられる在り方を探していきたいなといつも思っていますね」

——言われてみれば。これまで、瑠里香さんは一度もしきちゃんの言動を注意していない。声を荒らげることがないばかりか、「ダメ」という言葉すらほとんど使わない。

画像17

しかも、すべての選択をしきちゃんに委ねていた

「今日はパン食べる?」
「パセリかける?」
「しきちゃんはなに飲む?」

「牛乳! いっぱいがいい!」と言われれば、「それだけでお腹いっぱいになっちゃうよ〜」とたしなめつつも否定せず、「じゃあ氷入れてあげよっか」と優しく提案する。

「なんでも自分で選んでもらうようにしています。突拍子もない選択をすることもあるけど、多少失敗してもいいかなって(笑)。自分で選択していいんだよってことを、姿勢として伝えていきたいんです」

画像18

母になって4年。長い子育ての期間を思うと、まだ若葉マークがとれたばかりだろう。しかし、しきちゃんとの生活を語る瑠里香さんには、子育ての酸いも甘いも乗り越えたかのような、晴れやかな雰囲気がある。

素直にそんな感想を伝えると、「まだまだ悩むこともありますよ」とかぶりを振って、こう語ってくれた。

「でも今はもう“ワンオペ”とは思わないですね。0〜2歳の頃は、『ひとりでお世話しなくちゃ』と気負っていたけど、今はもはやオペレーションしてるって感じがなくて。一緒に生活をしている“相棒”みたいな感じ(笑)。おしゃべりを楽しんで、あれ食べようかって相談して、おいしいねって共有して。いろんなことを考えて一生懸命話してくれて、毎日飽きない面白さです」

「だからね」

ひと呼吸おいて、「楽しいですよ、今」と今日一番の笑顔を見せてくれる。そんな瑠里香さんの心が伝わったのか、しきちゃんが駆け寄って「ママだあいすき!」とハグをする。「大好きがね、軽いんです」少しはにかみながら、「ママもだよ」と優しく返すやりとりに、母娘の親愛が温かく表れていた。

画像19

帰り際「みなさんも持っていってください」と届いたばかりのみかんを持たせてくれた瑠里香さん。こんなふうに、人とのつながりを広げていったのだろうなと想像して、和やかな気持ちでお家をあとにしました。
「一緒にごはんを食べるだけでいい」。気持ちよく言い切る瑠里香さんの姿に、食卓の持つパワーを改めて実感。人と人とのつながりを深める一助として、楽しい「食卓」をサポートしていけたら、と思いを新たにする取材となりました。

取材:松屋フーズ・水沢環 執筆:水沢環 写真:小池大介 編集:ツドイ

これからもよろしくお願い致します!
松屋は「みんなの食卓でありたい」を企業メッセージに掲げています。国籍、人種、性自認、趣味嗜好の多様性が表面化し、それぞれが尊重される現代の日本。この国における「みんな」とは何か。取材班が、各地の「食卓」にお邪魔し、人生を聴いて、2021年現在の「みんな」について考えていきます。